②頭の中
「ガイドは明日からだったはずだ。ミカルゲさん。」
俺はミカルゲを疑うように身を仰け反らせ、金は払わないぞと姿勢を見せる。
「そんなことどうだっていいわ。この街は今日が大事なの。今日の今晩のこの一時が、この街を最も際立たせる。そうでしょ旅人さん? この街は今、音楽と酒に溺れながらどうしようもなく楽しそうに踊っている。ガイドはそれを伝えるのが仕事なの。」
「左様ですか……」
確かに今、この街は燃える様に輝いている。街を覆う夕焼けが漆黒の夜に呑まれんとしても、この街の暖色や活気はそれらに溶け合うように輝いている。これが"豊か"ということなんだろう。
「全人口の十割十分が魔法を操れるこの国は、魔法制限領域いわゆる特殊迷宮と真逆の現象が起きているの。それはきっと魔素が潤沢に滞留しているから、この街で収穫されたものを食べれば簡単に魔法が扱えるようになる。あなたみたいな人でもね。」
俺は階段を登り、屋上の床へ腰を降ろす。
「それはどうだかな、俺は後天的に使えないもんで。」
ミカルゲはその言葉にハッとした表情を見せ、口元を手で抑えながら言った。
「あぁ、それはごめんなさい。……それじゃあ貴方は残念ながらこの街の市民には成れない。この街は僅かでも魔法を操れるものにしか市民権が与えられていないの。でも安心して、無魔を迫害したいような思想家もこの街にはいない。そこに有るのは少数派に対する観察の目だけよ。物珍しさに貴方を知ろうとする目。」
「それは良い街らしい。」
「もちろんよ。それに可愛い子もいーっぱいいるしね。」
ミカルゲは流れるように揺れる白髪をわずかにかきあげ、どうだと言わんばかりに笑ってみせる。俺はめんどくさくなって視線をそらし、今日の宿泊先であるクエストギルドハウスの宿居酒屋を見据えた。
「何よ。」
「ミカルゲさんは……」
「ミカルゲで良いわ。」
俺はミカルゲの横顔をちらりと一瞥してから、宿居酒屋の左後ろに聳える豪勢な廃墟を視界に捉えて話す。
「ミカルゲは強いのか?正直な話、俺はもっとベテランのガイドが来ると思っていたんだ。なんせ今回のダンジョンは毎年のように死人が出てると聞いているから。」
「――ダンジョン・テヌーガ魔術学院。私は幼少の頃からあそこを遊び場にしていた。こんな適任はいないでしょ? それに故郷に眠る歴史遺物の謎が知りたいの。あの魔術学院には何が有って、何が起こったのか……。」
ミカルゲのその横顔は自信と探求心に満ち溢れていた。冒険を求めて止まないと言った顔だ。
「そうか、じゃあ明後日からよろしく頼む。」
「えぇ、明日じゃないの!? ガイド料かさ増しするわよ?」
「何言ってんだ。元より俺たちは明日この街を訪れる予定だった。勝手に接触してきたのはそっちだ。それまでガイド料は出ません。あるいは今日の分がリンゴで、明日の分がジャガイモ。」
俺は二つの収穫物を指差し、キャラバンの上で寝転がった。
「えぇ~!!」