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②冒険者ギルドの酒場

「眼鏡の知的そうな美女らしい。骨格は人寄りで体毛も無いと。」


「それじゃあ……、アレじゃないかな?」


 アルクが眺める方向にその人はいた。白衣を身に纏い、丸眼鏡と栗色の耳と尻尾が特徴的な獣人。その人はこの街で医者をやっているらしく、忙しい中、俺たちと会ってくれる運びとなった。そして彼女こそが、俺たちがこの国へ目指し訪れた最大の目的である。



――――――


{獣人の国『セリオン冒険者ギルド本部店』}


「はい、クラリスです。クラリス・フランデ。いえ、今日は何でも頼んでいって下さい。」


「じゃあこっからここまで7人前!!」


 木版のメニュー表を指差しプーカが叫ぶ。


「自重しなさい。」


「いいえ、良いんです。それよりも先ずこれをどうぞ。忘れるといけませんから。」


 クラリスはそう言うと、布に包まれた一つの本を差し出した。そのタイトルは{世界のマタタビ大全3}。今回の目当てである。


「偽物だな。」


 エルノアが悪態を吐いた。


「お前にとってはな。」


 俺は本を開き中身を捲る。書いてある内容は珍しいオーパーツや、特殊ダンジョンの傾向と対策方法である。その著者は{ククルト・フランデ}。そしてこの本に刻まれた真の名前は{シーカーの心得}数少ない特殊領域の為だけの指南書である。そしてここには、まだ公表されていない特殊領域シーラについての所在が書かれているという。


「まさかそんなに大事なものだったとは、私は姉と違い人の血が濃いですから、運動も頭もからっきしで持っていても仕方有りませんので、宝だとすれば持ち腐れなのです。是非とも遠慮なさらず受け取って下さい。」


 医者の癖によく言うな……。


「助かります。キャラバンの禁書庫には{世界のマタタビ大全3}が三冊も有りますから。……やっと本物を見つけられて良かったです。」


 俺は笑いながら言う。


「三冊も有るんですか!?……結構、お高かったでしょう?なんせ本物のマタタビをサンプルとして載せたものだと聞くから……。」


「えぇ、それなりに財布が。しかし一部の有識者(猫)にとっては……」


 食器の並べられたテーブルに飛び乗り、エルノアが口を挟む。


「素晴らしい作品だったぞ。」


 だからって……。


「――三冊もいらねぇだろ。」


 エルノアが振り返り、肉球で机を叩いた。


「いる。保存用、鑑賞用、そして実践用だ。ボクからしたらその紙切れの方が価値が低い、お前には引き続き第一巻と第二巻の収集を進めてもらうからな、いいか、いいと言え。」


「なんだよ実践用って、きめぇなお前。」


「シャーッ!!!」


 シャーッ、じゃねぇよ。


「ふふっ、そうですか。こんな熱烈なファンの方がいらっしゃるなんて、きっと曾祖母 (そうそぼ)も喜んでいると思います。ナナシさん達は、もうクエストは受けられるのですか?それとも観光がメインでいられますか?滞在日数は?」


「2日ほどです。クエストは近隣ダンジョンでの簡易なものを受けました。観光はクエストがてらするとします。」


 なんせ羽振りの良い前払いのクエストだ。裕福な国サイコー。


「そうですか、お忙しいのですね。実は私もこの後、王宮での仕事が有りまして、皆さんとご一緒できるのは少しだけなんです。」


――王宮ですか……。王宮???


「――王宮ッ!?」


 漏れそうになった言葉を代弁したのは、スラムで拾った獣人の娘だ。アルクはクラリスが飯を奢ってくれることを見越して彼女を連れてきた。恩を売り、有益な情報を無料で手に入れる魂胆らしい。


「わ、私も行くわ。」


 彼女は立ち上がや否や、そう宣言した。


「お前、何を……」


「妹がいるのよっ!!連れ去られたの!!王宮の匂いがプンプンする奴らに誘拐されたッ!!私は奴らを殺すんだッ!!妹を連れ戻すんだッ!!」


 俺の胸ぐらを掴み、少女はそう言い放った。酒場は程よく煩いが、耳の良い獣人の視線をチラチラと感じる。往々にして反逆罪だ。やめてくれトラブルメーカー。


「そ、そうですか。……やはり、噂は本当のようですね。」


 少女の話を聞いて、クラリスは俯き暗い顔をし始めた。


「噂?……噂ってなんですか?」


 聞いて始まる不幸も有るが、シーカーとは情報の収集家だ。聞かない選択肢は無い。


「うーん。そうですね。……それはこの国にまつわる黒い噂です。この国は人獣入り混じるようになり、とても豊かに発展しました。そして互いの偏見を捨て、純粋な人間でも参政権を持つようになり、ただいまの大統領は賢い人間が選ばれていて、彼の一党体制が長きに渡り続いているのですが。彼の政策により、この国は"市民で有れば"安い税金で医療は誰でも無償で受けられ、物価は安く、社会福祉は一生涯手厚い国となったのです。」


「良いことだ。」


 と、反射的に思う。


「ですよね……。街行くピエロたちもそれらを褒め称えています。しかし、そんなことが出来れば、より発展を見せている他国は、政治というものに対し困ることは無いのでしょう。そんなことが出来るなら、戦争なども減るのだと思います。都合が良すぎるのではないか。採算が合わないのではないか。誰も苦しむことが無く、誰にも責められることのない完璧な支配。素晴らしいことです。……しかし、政治とはそんなに簡単なのでしょうか?街行くピエロにすら逆賊と謳われている一部の政治学者たちは、この国が麻薬や"奴隷"を売っているのでは無いかと推察しています。」


「事実よッ!!」


 少女は叫ぶ。


「しかしですっ。……しかし、売られる獣人はスラムに住むような、この国の市民では無い者達。市民だと証明されない者達です。麻薬もこの国で広まっている様子は無く、他国に流されている証拠も有りません。それなら、市民には何らメリットが無いのです。奴隷の噂は本当に良く聞く話です。しかし見たくも無い、信じたくも無い。そんな噂を掘り下げるような人は、この国にはいません。……それが例え、束の間の繁栄で有ったとしても。」


 なるほど。完璧すぎるものには不信感が湧いてくるのか。あれね、政治ね、つまり俺達には毛頭関係ない、リスクしかない興味の無い、近付くべきでもない話だ。それが例え、事実であったとしても。


「さ、さぁ。近隣ダンジョンまでは荷車が出ています。なんとこれも無料なんですよ?スゴイことです。この国はみんなの努力で豊かになりました。それも間違うことなき事実ですから、存分に利用していって下さい。」


 クラリスは満面の笑みでそう言った。


「へぇー、偶には人の車に乗るのも良いなっ。いつ出るんだそれ?」


 リザも嬉しそうに聞き返す。


「あ、あぅ。それがもう出てしまうのですが……」


「えっ………」


 俺たちはそれを聞くや、急いで胃袋に飯をかきこんだ。



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