①噴水の広場
第28譚{獣人の国}
――獣人は昔から、暴力的で閉鎖的で、犯罪を行いやすい穢れた種族と呼ばれてきました。彼らは人を喰い、村を焼き、理性が無く、残酷であると。しかし、そんな獣人のイメージを大きく変えるきっかけと成るべく、世界に対し獣人の偏見を払拭せんと貢献したのが、この獣人の国{セリオン}の偉大なる功績の一つでしょう。大昔この国の王はまず、他国へ侵略することを法律で禁止しました。そして国の中で選ばれた賢きものを大統領に選び、和平と共存の中で生きることを決めたのです。
握手を妨げる爪はやすり、高圧的な牙を折り捨て、攻める為の武器は捨て、豊かになるために筆を取りました。しかし、そんな素晴らしい獣人の国も1代に限り大きな過ちを犯しました。隣国に聳える人の国へ戦争を仕掛けたのです。その発端には諸説ございますが、獣人の国は人の国に敗け、勝利した彼らの国民がこの{セリオン}へと住み着くようになりました。実に、残念な話では有りますが、過ちを犯してしまうのもまた、賢き生き物である性なのでしょう。ですが結果的には今日、人間と獣人の共存を果たした今の{セリオン}は、二つ国の文化が合わさった、しなやかで力強く、理性的で賢い。大昔、彼らの祖先が目指し叶わなかった、獣人の国の理想形が有ると言えるのでしょう。そう、この国は生まれ変わったのです。
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{獣人の国『セリオン』噴水の広場}
アコーディオンを鳴らす愉快なピエロのおっさんが、噴水の前でニコやかに唄う。レンガ造りの家々に石畳の整備された道、この噴水と言い、美しく聳え立つセリオン城と言い、景観も人柄も素晴らしい。人間であるピエロのおっさんに獣人の子供たちが寄り集まり、美しい声に魅了され笑う姿は、何とも言えない微笑ましさがあった。
「あぁりがとうございます!!やぁはや有難う御座いました。少年少女諸君、そして紳士淑女の皆さん、今日私の唄により、この国の美しさを再確認して頂き、暖かい気持ちになっていだだいたところで、私の懐も温めていただけると幸いでございます。あぁ、有難う御座います!!あぁ~ボク、ありがとうね!!有難う御座います、あぁ~こちらからも……」
「行くぞプーカ。お布施の時間だ。目を合わせると状態異常をかけられる。」
俺はプーカの腕を引っ張って踵を返す。みんなもそれに合わせるが、リザは硬貨をピンっと親指で弾いてから、歩き始めた。
「状態異常って何~?」
「気まずくなるんだ。そしてあのピエロの帽子に金を投げずにはいられなくなる。さっきのリザみたいに……!!」
俺は小声で皮肉を言った。
「おいおいナナシ。心の豊かさまで失くしたら、いよいよアルクみたいになっちまうぞ。」
「どういうことだい、リザ。商人だってね、ケチを悟られない為にお布施を投げることだって有るんだ。客の前でだけどね?そういった細かい仕草が次のビジネスに繋が……」
「うっわ~出た出た、現金過ぎんだよ、生き方が。」
リザは頭の後ろで手を組みながら、アルクを煽る。
「でも、あぁいうのを広場で出来るなんて、豊かな証拠だね。」
「確かに。」
俺はアルクの意見に同意する。治安の良さ、お布施の余裕、警官への信頼。そういったものがあって初めて大道芸は成功する。カネなき所に、ピエロはいない。俺たちは5人と一匹、カネを持たずにクエストギルドの酒屋まで向かっていた。しかし、近道である路地を曲がった所で前言撤回。ガリガリに痩せた獣人の子供の、横になった身体の前を通り、空になった缶詰を横目に「今の無し。」と言葉を返した。
「何処にでもあるんだな。」
スラムだ。俺はリザの前を歩き、腰に差した刀の鞘を握りながら歩いていく。
「プーカがいっぱいおる。」
「……そうだな。」
慈悲の心で、あの空いた缶詰に金を落せば、すかさず集られるだろう。お布施を出していたところを見られてもそうだ。芸人には金を落せるが、こういった子供には落とせない。それが街歩きのセオリーであるからだ。
「――たっ、助けてくれ!!!」
パッと開けた路地の間から、子供が飛び出してくる。獣人はその身体能力が人間の比では無い。瞬間俺は飛びついてきた子供から距離を取り、子供の後ろから汚い恰好をした大人が二人、ものすごい剣幕で走って来るのを捉える。
「ざけんなっ、走るぞ。」
最後尾に付きテツを先頭に走らせる。次の通りを右に曲がり、しばらく進めば開けた通りに接続する。何が有ったか知らないが、こんな細道の貧困街で、問題に巻き込まれるのは面倒だ。俺は刀を握り、後方を確認しながら走る。道が開ければマントを外し、追手に武器を見せるようにして構える。腐っても5対1だ。いや2か。詳細は知ったことじゃないが、俺たちは城壁を背に立ち止まり戦う姿勢を見せる。
「ちっ。」
男たちは俺たちが応戦する気が有るのを見るや、舌打ちを決め路地の影へ消えていった。
「はぁ……、はぁ……、有難う御座います。」
逃げていた子は良く見れば女だ。汚れた茶色い体毛に、ボロボロの爪が痛ましい。その子は同じように息を荒げたアルクにすり寄ると、頭を下げてお礼をする。
「あ、有難う御座います。」
「あぁ、うん。その触らないでくれるかな……?」
アルクはそう言って獣人の子を引き剥がす。
「な、何でですか?貴方もそうやって差別するんですか?!」
「いや、その。ボクの財布に……触らないで欲しかったんだけど。」
狙った標的が悪かったな。そいつは大陸一の守銭奴だ。俺は逃げようと動く少女を抑えポケットを調べる。
「げっ、俺のも取られてたよ。」
出てきた財布は二つ。一つは俺の軽いもの、もう一つはアルクが後で取引をする為の金だった。おおよそ逃げながらガッカリしていたんだろうな。この財布軽ッ!?とか思ってたんだろ。ツキの無い子だ。
「ロクな大人にならないぞ。こんなことしてたらな。」
「――してたらなっ。」
プーカが俺の言葉に重ねて言った。俺はアルクに自分の財布を投げ、瘦せ細った少女にデコピンをしてから立ち上がる。
「それかやるなら、もっと上手にだ。もっと弱そうなのを狙うと良い。俺達より弱いクラン、いないんだけどな……。」
なんで自虐をしなきゃいけないのか。俺たちはまた歩き出し、セリオンギルドへと歩を進めた。
「ナナシ。」
「ん?」
アルクが睨んでくる。
「逆だ。財布。」
「あぁ、……そうでした。いや、冗談ですよ勿論。」
金が絡むと鬼より怖い。一瞬、角が見えた気がした。
「待ってっ!!」
振り返ると、さっきの少女が叫んでいた。
「弱くないじゃないあんたら。お金も沢山持ってるし、強そうな刀も持ってるし、それならさ……。助けてよ!!ねぇ!!私をさ……、いや私たちをっ、さっさと助けろよッ!!!!!」
……偶にいる。あぁいう奴は。珍しいのは子供であることだけ。俺たちは無視して歩き出す。しかしアルクだけが立ち止まり、その少女を眺めていた。