③濃霧の修練場
「二人で良いのか。」
「戦闘員は二人なんだ。他は戦わない。」
竹林から流れる霧を抜け、リンゼ・シラハの姿が鮮明に。しかし現れたのは先程までの腰の曲がった老婆では無い。まだ年端のいかないような丸まった少女。ぼんやりと眠そうな目をした子供だ。
「そうか、なら始めるぞ。会話は戦いの中でも出来る。人生には効率が必要なんだ――、んと違った。――なんじゃなんじゃ。」
「せっかちだな。」
「大正解じゃ、ナナシ。」
強い人ほど手を抜かず、気を緩めない。特段俺と戦う人間ではこの傾向が強い。魔法が使えないと悟っても一切邪念を浮かべないのだ。無論、手を抜かない人間が弱いと言う訳では無いが、面倒なのは俄然前者。俺は渡された打刀を構え、切れるなと念じる。
「――?、ぬるいわ。」
「テツ、距離を取れ。」
剣聖のくせに、驕りも何も無い。
『戦型朱雀……。』
リンゼは居合の構えを取り、一気に俺との距離を詰める。
『一閃。』
――違う。繰り出した剣技は青龍剣、流水乱舞。一撃に見せかけた。多連撃。
『蛇腹狩り!!!』
俺は刀身を傾け、刃と刃の接触部からスライドさせ、受け流しながら一撃を狙う。しかし、即座に刀身を起こしてリンゼはそれに外側へ受け流し、俺の脇腹を一蹴りする。
――重いッ。
「――イっデぇ!!」
身体は吹っ飛ばされ、背中から仕切りの壁にぶつかる。背骨が軋むような音がした。ただの蹴りじゃない。あの一瞬で足首の角度を変え、爪先をあばらにめり込ませるような蹴り。折れてはいない。しかし折れたかのように骨が痛む。
「成長したの、ナナシ。昔は口に騙され一撃で沈んだものだった。しかし、この程度の男に四神流が出しよった絶剣が敗けたと聞くじゃないか。これだから儂は嫌だったんじゃ。儂以外のものが四神流を見定めることが、これだから死ねんのじゃ、究極の剣技の衰退が見られる内は。」
リンゼはゆっくりとテツに近づく。
「貴様は愚かな男じゃ。儂の有難い教えを拒み、師の真似事を始め最弱の剣技に手を出した。主も分かっておるじゃろう。玄武流は弱きものに力を与えん。強きものから敗北を退けるものじゃ。上振れることは無く、己を守るだけの刀。魔法を持たないお前にとって、最も忌むべき剣術よ。」
テツはライフルを背中へ、二丁のリボルバーを構える。オーパーツ『六蝶・桜』近距離戦用の拳銃。
「お手並みじゃ。」
リンゼは面を狙う一撃を見せ、テツは正面へ二発。リンゼは弾を避けながら縦に刀を降ろし、テツはクロスさせた拳銃でそれを受け止めた。
「ほぉ、チャカな。」
テツはすかさず距離を取り、二発ずつの発砲。リンゼはその刃で、テツの放った魔法の弾丸を容易く切り落とし、淡々と歩き出す。
「久しい武器。しかしそれは軽く、脆い。まとわる魔力も薄く変化も無い。して主も同様に魔力が使えず、大した技術も持ち合わせん。最大の問題は貴様らが、サテラの名に通ずるところじゃ。のう、惨めで愚かで白痴な無魔よ。あの脳無しに付き従えば、主もやがては愚かに死ぬぞ……。」
テツはすかさず短剣を手に取り、真顔で自ら間合いを詰めに走る。
「――そうだね。」
「ほう。」
短剣の動きはリンゼの刃と噛み合う程に速く、リンゼの刀がそれを受け流すよりも速く、次撃目を仕掛けている。
「面白い。」
今度はリンゼがテツから距離を離し、構えを変える。
『戦型白虎。』
そう唱えるリンゼの身体はテツと同じくらいの少女体にまで成長した。刀は先程と打って変わり二刀持ち、筋肉は隆起し血管が浮き出ている。風に流されるツインテールはひらひらと揺れ、白刃の二刀は気流に抗う獣牙のように、切っ先を鋭く光らせた。
「そう驚くな。」
「驚いて無い。」
「そうか。」
刀剣の国が長きにわたり敵対してきた、鬼の秘術だ。それは肉体を変化させ戦い方を変える仙術。敵の技であろうとも、究極の剣術を追い求めたリンゼの力。揺れるリンゼの白髪は艶やかに。その迫力と様相はさながら白虎そのものだ。俺は敢えて様子を伺い、その場で動かない。一方リンゼは膝を屈め、テツへ飛びつくように走る。
『――白牙乱。』
両手に握られた二刀繰り出される、重たく素早い超乱撃。テツのナイフを逆手持ち変え、逆に距離を詰めて打ち合う。
「良い判断じゃ――」
『一閃ッ!!』
動きの乱れたリンゼの背中目掛け、攻撃を仕掛ける。しかしリンゼは回転しながら刃先を俺へ向け、斬撃を弾いて横へ逃げた。俺とテツは距離を詰め、肩を揃える。
「はぁ、はぁ…。いいかテツ、あの婆さんはセコイことに、精神攻撃も多用してくる。勝つ為だったらなんでもする老害だ。決して相手の口車には――」
「乗ってない。」
「……乗って、なかったな。確かに。テツ、お前はメンタルも強く接近戦も出来て、剣術の才能も有る。逆に一体何が出来ないんだ。あぁ、料理か。」
「おい。」
テツは俺の腹を殴り、胸ぐらを掴む。
「――痛っだ!ほら乗るなって!!」
「関係ないだろ。それは関係無いだろ。」
「わるっ、悪かったって……。」
しかし、この程度でめげてはいけないのも確か。昔の婆さんにはもっと惨い精神攻撃をされたものだ。あの婆さんは舌刀すらも鋭く研がれている。だが同時に弱点も有る。
「さてナナシ。もう少し打ち合おう。」
そう言いながらリンゼは骨格を成長させ、170cmに届くか届かないかと言った体格に変わった。
「貴様の要件は、自分に合う刀の購入で有ったな。」
戦型朱雀。せっかちな婆さんのことだ。戦闘時間を先伸ばす玄武陣は使わないとしても、最も剣技が多く、太刀筋の読めない朱雀陣(=戦型朱雀の別称で、剣を用いない場合等に呼称される。)で剣術のバイキングを起こしてくるに違いない。積み重ねられた無数の攻手。婆さんの動きを読み切るのは容易ではない、いやむしろ不可能。しかしこっちは一貫した守りの型である。老体のスタミナが切れれば攻勢のチャンスはある。年の功と亀の甲。どっちが上か試そうじゃないか……。
「本番じゃ。主の太刀筋、見定めてやろう。」
リンゼの気迫がピリリと肌をなぞった。俺は覚悟を決める様にグッと、刀を握る。