②神棚の屋敷
「止まれ、何者だ。」
ハチマキを付けた門番が屋上から顔を出す俺を睨む。強く握られた刺又からは、鬼気迫る彼の真剣さが伝わってくるようだった。
「旅人だ。刀を買いに来た。」
「名を名乗れ。」
回りくどい奴である。
「はぁ…。刀剣大好きクラブのシンラと申しまっ!!」
「――嘘を吐くな、ナナシ。...本当に追い返すぞ。」
真面目な顔で、そいつは呆れる。
「分かってるじゃないですか。……久しいな、シンラ。」
―――――――
{サカイノ国・中央イッシン村『神棚の屋敷』}
神棚の屋敷は鮮やかな暖色の街灯りを抜け、花街のような空間の中に、それらを隔てるように曲がり流れる小川の中で、積み上げられた石段の上で、店店の如く明るさは無いが堂々凛々しく聳え立っていた。
「よく来たナナナシ、そしてっ、ユブウサタラの諸君ッ!!何しに来たッ?!」
座して待つ巨漢は当代統領、カイネ=カシラ。病死した先代の息子にして四神流免許皆伝の絶剣。ただのムキムキ大工に見えるが、刀身の長い業物から脇差の短刀までを華麗に扱ってみせるゴリゴリの剣達だ。あと、非常にうるさい。
「あっ、あぁー。統領!!今回はッ!!刀を買いに来ただけでしッ……」
「「――ムスメが欲しいだとォオオオオオオ?!!!!!貴様ァぁあああああああああ!!!」」
「「言ってねぇぇえええええええ!!!!!よっ!!!!!」」
よくこんなのが国を治めていると感心する。まぁ周りにとっての意味合いは、拡声器くらいのものなのだろうけど。
「刀を求めにぃっ!!!」
「歯形をお米にィ!!?貴様空腹かァ!!けしからんッッ客人を空腹にさせるでないぞッ!!!」
「言ってねぇッ!!!!!」
「ふぅぅぅうむッ。言って無いかァ…。ならば、所詮貴様のことだ。どうせ強さを求めに来たのだろう...。欲するは、刀といったところだなァ?!!!」
「…だなァ?じゃねぇよ。初めからそう言ってるし、事前にそう伝えてあるはずなんですが……。」
「まぁ良い!!取り敢えず長老に会う事を許可した事とするッ!!!!!何とかするだろうッ奴ならッ!!して晩飯は何を欲するかァ!!!」
「炭火やきとりぃぃぃぃいいいいいいいいいいい!!!!」
プーカが叫ぶ。確かにここの焼き鳥はタレが絶妙に絡み……
「あぁあい分かったァァああああああああああああああ!!!!!案内だァシンラぁぁぁあああああああああ!!!」
「うるせぇよ。」
シンラは眼を細めて言った。
「えぇぇぇええええええ口答ええええ!????ワシ統領なんだけどぉぉおお!!!!!!」
「それとぉ天ぷらぁああああああああああああい!!!!!」
うるせぇ。
――――――――
{北イッシン村・山頂の試練場}
最長老{リンゼ=シラハ}は仙人であり、師範であり、四神流そのものだ。彼女がいつ四神流を生み出したのかは誰も知らない。しかし彼女は、四神流が大陸全土に響き渡り、大いなる伝統と歴史を構築した現代においても存命なのである。ならば、いちから四神流を生み出し、他の文化、大陸の歴史にまで名を刻んだその刃は正に、剣聖と呼ばれるに相応しい。
張り詰めた濃霧の中、試練場の最奥の広場、しめ縄を飾られた岩石の上に彼女は座っていた。空気は限りなく薄い。道のりは随所で非常に険しい。そんな環境の中で、腰が曲がりきり、顔は皺くちゃに潰れている老婆が、身体をピクリとも揺らさず座禅を組んでいるのである。
「良く来たね。」
しわ枯れた声が響くと同時に、スゥーッと濃霧が薄くなっていく。日は出ていないが風は柔らかく涼し気だ。リンゼは肩に担いだ杖をパッと地面につき、いつの間にか俺との距離を詰めて言った。
「全員で良い。掛かって来んしゃい坊主。話はそっからじゃ。」
彼女は日々進化している。戦いを求め、剣技に浸り、剣技の奴隷となって精進する。しかし何年経っても変わらない。彼女と会う時はいつも、真剣での戦いが始まる。
「……手加減有りで。」
「たわけ。」