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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第26譚{斜塔のダンジョン 神層}
205/307

②ロストフロントライン 前編


 孤独だ。


 けれど、孤独とは日常だった。



――――――――


{斜塔地下・第26層『アインの海底神殿』}


挿絵(By みてみん)



 セイレーンたちが囲むように住み着くコロニーの中には酸素の行き届いた空洞が有る。そしてその空洞こそ、更なる下層域へ挑むための道だ。神殿内部へは壁内の層間を跨ぐスロープから侵入できる。つまりこの神殿は、陸上生物の為に用意された海底神殿。セイレーンという防衛手段を張り巡らせた天然の要塞。そして定められたルートからは、部外者を排除するためのトラップが用意されている。しかし、注視すべき点はそう言ったネガティブな物だけではない。ここらに仕掛けられたトラップは、大抵が高度なテクノロジーで動いているとされているのである。そして、私の持つダガーも、ここで拾われたと伝えられている。


「――【エルダのダンジョン】第102頁。第五章「潜り」より―― 

 先刻。数々の悪意が隊を襲った。ここが信仰の為に作られた場所であるなら、いささか選民思想が強過ぎるようだ。針を生やす床、鉄槌の如く迫り来る天板、血塗られた刃の振り子、猛毒霧の仕掛け。ここを越えられるものは、形はどうであれ、既に"崇拝されている"ものであるには相違ないだろう。我が隊がそうであるように……。」


――――――――


{斜塔地下・第27層『約束されし碑石』}


 26層から続く海底神殿の終着点、アインの碑石。この先に行くには"ネビュラの懐中時計"が必要になる。斜塔街のギルドが用意した対策はそのレプリカを作ることだった。つまりはこの層測器だ。この奇怪な形は碑石の仕掛けを動かす為のカギとなる。


 だから、ここはある意味境界線だ。ここから先へ挑める者は認められたものだけ。最上級者のみだ。助けなど来ない。分かっている。しかし往々にして、緊張が走る場所である。いや、けれどもう、関係ない。どちらにせよだ……。


――――――――


{斜塔地下・第28層『悪魔のアプス』}


 ミサでも開かれていたのだろうか、神聖さを残すこの空間に「悪魔」と冠付けた先達は、この場所に余程苦しめられたのであろう。それも理解できる。この空間から接続する七つのアプスの内、人間が生きて残れる、否、更なる地獄へと挑める正解は一つしかない。私たちがそれを知っているのは、命を落とした先駆者達のお陰である。私はただ淡々と進む。数多の年月をかけて練られたルートを辿りながら。一人ではない。ここから先に挑んだ英傑たちの足跡が見える。いくつもいくつも、光っている。


―――――――


{斜塔地下・第29層『始まりの荒野』}


 進む。この道すがらに採って食えるようなものは一切ない。水もまたしかりだ、流れる川にも、禿げた山にも、無限に続く砂漠にも、これから先、永遠にそれは無い。


「――【エルダのダンジョン】第182頁。第6章「荒地」……―― 

 命を落としたわけでは無い。しかし、神殿を抜けてから始まった新たな冒険の道程より、半数以上名の帰還を余儀無くされた。進行には無駄が無かった、強敵すらも私らの敵ではない。しかし、問題は食料だ。あぁ。かの大地、天国のような楽園に、心を奪う絶景だけではなく、胃袋を満たす食料が有れば……。」


―――――――


{斜塔地下・第34層『円環の荒野』}

 

 知った道、知った坂、知った壁。私の積み上げたものが、この記憶が、伝えている。まだ大丈夫だと……。


―――――――


{斜塔地下・第……35層。『旧名、絶望の丘→改名、希望の丘』}


 台地のような大きな丘の上、獣すらも近寄らない酸っぱい悪臭が漂う毒沼の中に、それは有る。ここはまだ未開拓の土地では有るが、モンスターすら近寄らないことが功を奏し、当時、全盛期のフェノンシーカー隊が最後の悪足掻きとして耕した外敵皆無の農地。29層から続く終わりなき食糧不足を終わらせる為の幻のキャンプ7「不死鳥の巣ザ・フォアフロンティア」。あの日以来、ここに植えられたという芋類は、今日には無残に掘り返されていた……。ここからは、本の手記も調子を変えていく。私は斬られた巨石の上に座り、小休止を挟みながら、パらりとそれを捲った。

 

「――【エルダのダンジョン】第184頁。第7章「覚悟」……―― 

 試されているようだ。覚悟を。歩めど歩めど、変わらない景色を眺めながら、何度も何度も似通った道を進み続け、食料と水だけが消えていった。まるで、ここに住まう適応者だけが、優遇されているような悪辣な環境。そして、光無き荒野、枯れ木の樹海を進み続けた時、背中を蛇腹が伝ったように、恐怖と不安が私を襲った。方向は正しいのか、終わりは有るのか、意味は有るのか、覚悟は有るのか、と。さながら彷徨う我々は死霊のようで、餓鬼の世界に迷い込んでしまったようだ。或いは本当に、死んでいるのかもしれない……。」


 第36層はその名称を『ロストフロンティア』と言う、最初にして現在確認されている最後の深層域だ。29層から35層に至る距離の地獄、食糧難や不安を誘う覚悟の領域を飢餓の世界と例えるなら、36層はまるで畜生の世界だ。モンスターの脅威が膨れ上がり、尚且つ獰猛性が跳ね上がる。しかし、エルザのダンジョンには深層域についてと思われる情景描写は存在しない。続く最終章はとても短く、理解に苦しむ内容で締めくくられている。ここが、斜塔ダンジョンとこの本の関与を、或いはこの本のノンフィクション性を否定する最大の論拠部分である。


「――【エルダのダンジョン】第184頁。最終章「狂気」……――

 それ以来、女はしばらくの間、口を開閉したまま声を発さなくなった。そして徐に、笑顔を見せ、先刻と打って変わり、楽しそうに話を続けた。「その後は、ふふっ、すっごい遺跡が有った。その中には素晴らしいものが有った。金銀財宝とね、玩具だ。ではなくて、そのなんだったか、武器があっ、……有った。大きな槍だ、私はそれをお日様に投げてみれば、それは消えた。そうあのね、おもちゃで争いが起きた、そのおもちゃはこんな国なんて一瞬で壊せるんだけど、捨てなきゃいけなくて……」それから彼女は、意味不明に気味悪く笑いだして、しばらくして笑いが収まってから、今度は悲しそうに語り出す。「――でね、私を守る人形さんは、六才のまま死んじゃった。それから七才の誕生日、49層で、私が神様に近づいた日。私だけのプレゼント。でも、みんなは少し寂しそうな顔をしてたから、私はおうちに帰ったの。今日もママが、パイを作ってくれるから!!』彼女の話は本当なのだろうか?ここまでご一読頂いたシーカーの諸君、これだから探索は止められないよね!?」


 性格難か、トチ狂ったのはお前もだったのか、全くもって腹立たしい最後である。最後の数十行は苦痛だ。それを乗り越えてここまで読むと、バカにされたような気分になる。いや、実際にバカにされるのだ。これを信じていると。無理も無い。こんなものを読んでいるのかって、言いたくなる気持ちも理解できる……。しかしたった一言だけが、この本の崇拝者を絡み取って離さない。

 

 





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