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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第25譚{斜塔のダンジョン 戦層}
203/307

㊹裏切者


『おいっ、おいおいおいおいおおいっ!!!――イダイッ!!!!』


勢いは殺さず、腹を抱えたメセナを掴みキャラバンの元まで跳躍して戻る。屋上へ着地後すかさず床をダンダンと叩き鳴らし、音を受け取ったリザはキャラバンの速度を上げていく。


「なんで刺されてる。」


「いちちぃ……、全くもって、はぁ、効果の無い奴がいたのさ。」


 メセナの腕を肩に掛けキャラバンの中へ、出血は酷いが喋れているくらいだ、きっと傷口は浅いだろう。


「アルク。止血箱と薬頼む。――痛むか?」


「大分ね、でも私も吸ってやったからさ、痛み止めの煙幕をね……、これでも和らいではいるんだろうけど。」


「師弟そろって薬物中毒にならないといいな。」


 俺は台に乗せたメセナを心配そうに、そして驚いたように見つめるアムスタを一瞥してから作業に戻る。魔法に制限のかかる特殊領域でなければ、魔導士は傷口さえ抑えていれば自ずと血は止まる。唾を付けとけば治るというやつだ。しかし、メセナは既に十二分に魔力を使っているだろう。こうなれば如何に優秀な物であっても、無魔と同じくらいには治癒力が下がってしまう。


「し、師匠……?!」


「や、やぁアムスタ。君の友達は少々、人遣いが荒くて困るよ……。」


 俯瞰で捉えれば、それは俺のセリフだ。斜塔街とその血盟が生み出したイザコザに"巻き込まれた"のだから。俺は少々反感の気持ちを抱き、傷口に白いゲルを塗る。


「あ、ヌリヌリと。」


「――痛ったいッ!!バカッ!!」


 端的に言えばTHIS IS"魔素の固まり"だ。濃縮され、溶けやすく、人体に馴染みやすい魔素。魔導士の身体はこれらの魔素を利用し裂傷を素早く修復し始めるはず。


「強く塗った方が良く治るんだよ、多分な。」


「でも痛いよ……。」


 青ざめた顔のメセナにマーヤは感嘆の声を漏らす。


「裏切ったんじゃなかったんですか……?」


 その言葉を聞き、苦笑いを浮かべ口をつぐんだメセナの代わりに、俺が事の顛末をマーヤに伝えた。


「元々はそうだったんだろうな。表面的には、だが、一貫してメセナの立ち位置というか、行動理念はフリーダム連盟の為に有った。」


「どういうことですか?」


 話せば長くなりそうだ。なんせ、一晩かけて聞かされた話だ。あの夜、シラバとメセナと俺がサピロスの山小屋で交わした会話。あの夜から盤面が大きく変わった。


「百人隊の遠征計画も、ゴンドラの完成も、メセナは、もといフリーダム連盟の最重要幹部たちは、概ね全て知っていた……。そして、ことを大きく遡れば、斜塔街の新興クランであったフリーダム連盟が、一代で序列三位にまでのし上がったのも、二つのクランを繋ぐ裏の関係性が大きい。つまりこの二つのクランは今日まで、ゴンドラを建設する上での協力関係に有った。」


「フリーダムと、アルデンハイドが...?!――ずっと隠していたのか?!」


 ケニーが知らない所を見るに、アルデンハイドとしてもこの協力関係は上層部のみの秘密事項であったのだろう。


「そう。ただ、この協力関係を結んだメセナの目的は元来、利害の一致の他にもう一つ存在した。それはメセナが遠い過去に、第20層でシラバから受注した、抽象的で難解かつ個人的な"クエスト"の達成の為。」


「おばあちゃんが?」


「そう、お前のおばあちゃんが、かつてメセナに依頼した抽象的なクエストの話。達成目標はただ一つ、アルデンハイドの更生。現領主オーガスタスの横暴なやり方を危惧したシラバ=アルデンハイドの秘密クエストだ。俺は昨晩、そのクエストをシラバから受注した。きっかけはアムスタだ。稀有なことに、俺たちは同じ魔術学校で同じ課程を踏み、今ここに居る。そして偶々感づいたんだ。メセナが一層で副盟主と交わしていた"遺書の話"で。」


「メメント・モリ……。」


 アムスタはそう呟き、俺は出来るだけ手短にしようと思いながら続ける。


遺書メメント・モリ、あれほど高度な魔法技術を要するオーパーツは他に無い。アムスタと別れた最後の日、アムスタは俺とアルクに、遺書メメント・モリを学びに行くと言って別れたんだ。なら、炎を専門として特化させようとするアルデンハイドは、絶対的にアムスタには合わない。」


「まさか、そんな所から見破られるとは思わなかったよ……。」


「見破った訳じゃない。初めからメセナ=フリーダムは、マスターシーカーとして個人能力に乏しかった。ソフィアと比べれば、なお顕著にそう見えた。だからカマをかけた。そしてボロを出したんだ。これから起こりゆく顛末と、メセナ自身の揺るぎない立ち位置スタンスについて。ボロを出した上で俺に選択を迫った。アルデンハイドと戦うか否かを。」


「褒められた話じゃないさ……。」


 メセナはお腹を抑え、仰向けのまま口を開く。


「戸惑いも有った。……諦めもしたし、悪い考えも浮かんでいた。事実、今日の日まで多くの事に目を瞑って来た。何もできない現実を前に、非情なやり方も黙殺して、黙殺して、黙殺して、それでも機をてらっているって言い聞かせて、恩人であるシラバの為に、何よりも斜塔街の有るべき正しさの為に、大義が有るぞと胡坐をかいてね、何もしないで昨日までいたんだ。そんな惨めで矮小な自分が、愚かなことに昨日の晩、露呈した。実際の私なんて、事なかれ主義の大ボケだよ。卑怯な奴だ……。」


「でも事実は、あんたがいなきゃ何も変わらなかった。」


 実際、クラン間の殺人が起れば、事態はより複雑になっていただろう。しかし、そんな不安を拭い去るほどに、メセナは他人の死をも偽装した。メメント・モリの発動条件は、既に受け手が騙されていることにある。すなわち、メセナは自分を殺し、生涯に一度生み出せるか否かの、最高の舞台を用意してみせたのである。あとは刃先に気絶を促す程度の毒を塗りたくれば、ショックと麻痺と幻視が生み出す、血祭りの完成だ。この能力こそが、メセナをマスターシーカーたらしめる。つまり相手には時折、俺すらも死んで見えていたことだろう。


「俺が絶剣に勝てるワケ無いしな……」


 だから何というか、メセナの軌跡を辿る上で、善悪を判別するのなら、経緯も心境も関係ないのだ。何故なら歴史とは、行動だけが積み重ねられたものであるから。それがどれほど捻くれた善であろうとも、善を目的とした行動で無かったとしても、ありふれた偽善だとしても、矮小な心が産み出した臆病な歩みであっても、行動の結果だけが全てであって、歴史はそれを"善行"と伝えるのである。


 それに。たった一人の老婆の願いが為に、揺るぎない正義と優しさが為に、臆病な彼女が、陰湿な彼女が、敵では無かった彼女が、味方では無かった彼女が、"彼女"である彼女が、ここまで自分を殺し通したことを、誰が卑怯と罵れるだろうか。


「そう言ってもらえるのは、救いだよ。」


 メセナは天井の灯石が発する光を眩しそうに腕で遮ると、そのままゆっくりと目を閉じた。今からは帰路の寒冷地帯に突入する。巻かれた血塗れの包帯だけでは、きっと寒いはずだ。


「――アルク、布団。」


 投げ渡された布団を適当に広げ、仰向けになったメセナの身体に被せる。重傷者は三人。俺たちのギルドへの告げ口と損害の抑え込みを考えれば、アルデンハイドは今にもゴンドラを動かし、大勢の重傷者を運び始めるだろう。俺は状況を整理するために、これからのことをアナウンスする。


「ひと先ず、このまま10層へ向かう。重傷者三人、下手にキャラバンで運ぶよりかは、ギルドかクランのメディックに見て貰った方が良いはずだ。地上へ通信を繋いだら、マーヤは取り敢えず斜塔街のギルドに保護してもらうんだ。フリーダム連盟の後ろ盾が有れば、きっと話も直ぐ通る。マーヤの安全は25層の安全だ。念の為に、テツはマーヤの護衛を頼む。何が有っても距離を離さないように……」


「ソフィアは?」


 テツが真剣な面持ちでそう聞いた。その言葉の返答を俺は持ち合わせていない。だから代わりにメセナが答えた。消え入りそうな、声で、両目に入る光を遮ったまま、血を滲ませた腹を仰向けにして。


「……たったそれだけが、無念だよ。……友人として、同僚として、最期まで見届けるつもりだったのに。私には、それが出来なかった。」


 メセナは両目に当てがった腕の中で、静かに泣いていた。


「どういうこと……?」


 テツはいつも通り、淡々と続きを聞いた。


「……この旅の初まりから、そうだった。」


 そしてキャラバンの空気は、ドッと沈み込むように、その重みを増したのだった。



「……ナナシが言う所の裏切り者。彼女の目的は、自殺だよ。」








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