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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
◇◇◇第一巻 序譚◇◇◇ 序譚~第5譚まで
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②緊急事態

{ジマ街・ダンジョンギルド『ミラーの丘』}


――ドォォ・・オオンッ!!


 何かの衝撃音と地鳴りが響き、

 丘の上のミサはパサリとサンドイッチを膝のマットに落とす。

 サンドイッチを頬張る為の口はあんぐりと開き。

 やがて平原にまで伸びる風の匂いが、変わった。


 昼下がりのギルドハウス。

 ミサが昼食と休憩を済ませて戻ったその場所は、

 青冷めた顔の全職員が焦燥を見せ、

 戦場最戦線の如き慌ただしさで、

 魔鉱石を用いた受話器の鈴がけたたましく鳴り響いていた。


「あっ、あの...あの!...み、みなさん!どうされたんですか?!」


 激流を渡る様に言葉が流されていく。

 その中で咄嗟にミサに反応できたのは、

 ギルドマスターのジンだけ。


「ミサちゃん緊急だ。第3層、崩落事故。兆候は無く、突発的。計器の反応から、ギルドは第2層の誰かが魔鍾石のつららに魔法を当てたと見ている。深層は粉塵で大規模汚染予測。加えて厄介なことに、主要な鍾穴からの空気が遮断された可能性が有る。言っている意味が分かるね?」


 ジンは書類のばら撒かれた机に俯き、

 早口かつ冷静な通る声で、

 汗をツーと垂らしながら絶望した表情を見せて言った。


「――大規模汚染時、第三層到達者死亡率は?」


・・・!!


「92、パーセント……です。」


 コクリと頷いたジンが登録者名簿に視線を落とす。


「ギルドは"緊急事態エマージェンシー"を発動させた、60年ぶりだよ。

 しかし、知っての通り辺境への救助は遅い。

 情報を早く回さないと毒と酸欠で冒険者全員が死ぬ。

 それと....もし心当たりがあったら……」


挿絵(By みてみん)


「……え?」


「いいや、より早く多くの冒険者に.....!!」


 ミサは青ざめた顔で言葉を詰まらせた。

 当日審査、体調面を含めた最終チェックや訪れた冒険者の入窟制限を

 地元のスタッフが行うダンジョン特有の審査。

 すなわち移動時間を加味すれば、

 午前中、第3層まで到達できる人間の審査を受け付けていたのは、

 自分だけだったからである。


 一体誰が、あるいは何が原因で事故が起きたのか。

 責任の所在は何処に有るのか。

 一体何が悪かったのか。

 何をすれば良かったのか。


――どうすれば。。。


 ミサの頭の中ではグルグルと目まぐるしく回る困惑と焦燥が正常な思考を妨げていた。

 第三層の崩落事故。

 崩落に至るまでに大きな地震も地鳴りもデータには無かった。

 通常では有り得ない状況。確定的な人災。冷や汗。 

 それを生み出した自分という存在。

 血の気がスッと、引いてゆく感覚。


「――ミサちゃん!!」


 瞬間、ギルドマスターがミサを急かす。

 責め立てる訳でも無く、今に活路を見出す為の催促。

 その言葉にハッと意識を戻し、ミサは最善を尽くすため近くの受話器とダンジョンに潜った冒険者らの名簿へすぐさま手を伸ばす。


「……は、はいっ!!」


 やることは多いが、限られている。

 まずは早朝から現在時刻までに至る、受付済みかつ最終第三層に潜り得る《《全ての冒険者》》へ連絡を入れなければならない。

 クエストへ冒険者を誘導しダンジョンへ挑ませる仕事。

 ならばこのアフターケアもギルドという職には欠かせない。

 ただつっ立っているだけが番台嬢では無い。


「こっからここまでは伝えた。

 しかし不運なことにクラン・エドガーは当時、散開調査を行っていたらしい。

 それも崩落した現場付近。

 つまり深層へ行くほど魔素の乱れから通信が届きにくい。

 ミサちゃんは繰り返し残りの10人へ連絡を頼む。」


「はい!!」


 ミサは指でなぞられた名簿の、斜線の引かれていない番号に周波数を合わせ、魔鉱石のダイヤルを回して通信を図る。

 しかし受話器の鈴は一向に鳴り止まず、冒険者からの応答は無い。

 もしかしたらもう、大勢が死んでいるのかもしれない。


――落ち着けっ、次だ、次だ。


 ミサは焦りと共に、震えた手で名簿をなぞっていく。

 次第に名簿の文字は涙で霞んでいきながら、

 しかし堪えるように、ミサは通信をはかり続けた。


――次は、ダイアナ・モードレット。その次はログルス・カイゼル。ヨーウ・エリジャー。ライ・ローレンス。焦るな。落ち着け、冷静に。


 リリリと受話器が音を鳴らす。


「もしもし、ギルドか?こちら第2層。」


「ダイアナさんですかッ!?」


「ミサちゃんか、丁度良かった聞いてくれ。今しがた巨大な地震が有ってな、強い強風のあと完全に南風が途絶えた。一体何が有ったんだ?」


 ダイアナ・モードレットはB級冒険者のクラン長。

 彼の率いる7人パーティーは救助隊としての実績も多分に有る。

 特に初級冒険者は彼を命の恩人とするものが多い。

 ミサは頼みの綱へ息を呑むようにして心を落ち着かせ、事故の情報を出来る限り詳細に伝えた。


「第三層の魔鍾石によってダンジョンの一部が崩壊しました。恐らく地震はその為で強い余震は考えられていません。そして、この崩落により主要鍾穴からの空気が遮断された可能性が有ります。」


「なんだって!?」


 ダイアナは声を荒げた。


「ダ、ダイアナさん、第三層には連絡の途絶えた冒険家たちが多くいます。

 ダイアナさんが頼みの綱なんです。

 事態は急を要し、現在ギルドでは緊急事態エマージェンシーが出ています。

 新たに救助部隊が入ることはありません。

 だからどうか、第三層への救難クエストを受けてもらえませんか?」


 通信機の砂嵐ノイズが暫く続き、ダイアナは声を渋らせて応えた。


「くっ……。す、すまない。今回ばかりは応えれそうにない!!

 私も聞いたが、音の大きさから第三層の崩落はかなりの大規模だと推測される。

 ここも既に風が強い。地形も安全なルートも分からず、タイムリミットは僕たちが戻る分で精一杯。

 巻き上げられた砂塵の粉はしばらく致死量だろう。

 実際、すでにウチのパーティーですら嘔吐と発熱が出た。」


「そんな……」


「すまないね、ミサちゃん。……しかし、私より私達に受付を済ませたクラン。

 地元の連中らだけだけど、顔の知っている奴らは私達の後ろにいる。

 だから第二層以降の避難誘導、情報伝達は精一杯私達が引き受けるよ。

 どうか君は深層に潜った人たちへ連絡してみてくれ。

 エドガーのクランならきっと……。いや、うん・・・。」


「そうですか……。あ、ありがとうございます。分かりました。」


 ミサは一瞬肩を落とすと直ぐに謝礼を述べ、大幅に名簿の名前を消していった。

 落ち込む猶予など既に無かった。迷う猶予など既に無かった。

 ただ考え、行動に移す。


「マスター!ダイアナさんに連絡が付きました。

 第二層以上のクランは彼の指示で誘導されます。後はそれ以外のクラ……」


 彼女は自分の言葉に思考を停止させた。

 今回の事故を起こし得る人間に心当たりがあったのである。


「どうしたんだい、ミサちゃん?」


「い、いいえ。……通信を続けます。クラン・エドガーの頭から繰り返します。

 残りの行方不明2人もこちらで繰り返します。マスターは救難手続きを」


「あぁ、そうだね。」


 ミサは必死に名簿に刻まれた17つの周波数へ通信を行う。


――エドガーさん。


 開拓士クラスの{クラン・エドガー}は、ジマ街にとっての希望であった。

 現在、ジマ岩窟ダンジョンが整備され、第一層にはF級冒険者すら入れてしまうのは彼らの功績が大きい。

 それ故に、街の稼ぎ柱としても精神的支柱としても彼らは失くしてはならない存在。


「――パパっ!!」


「まて、坊主ッ!!」


 唐突にギルドハウスのドアが開く。

 目に映ったのは見慣れた幼い少年の見慣れな泣き顔。

 横にはロイダルも一緒だった。


「パパはどこ!!」


 少年は街中が顔を知ったエドガーの一人息子。

 彼の悲痛な言葉にミサは心臓が縮みあがるような感覚とせり上がるような溜飲の不快感に襲われる。

 そして再度、ミサの意識が目的と乖離する。

 しかし時が止まったかのような一拍を置いて、ロイダルは手を止めたミサにすかさず声を掛けた。


「あぁ、ミサちゃん!」


「ロ、ロイダルさんっ、その恰好は?!」


 ロイダルはハーケンやピッケルを腰に据えたベルトに、皮のグローブをはめ、探索の一張羅を着込みながら現れた。


「あぁ、手続きは要らねぇよな? それよりまさか、さっきのふざけた連中の仕業じゃないだろうな?!」


 ロイダルの頭には、今朝方ビールをぶっかけた人間の顔が浮かぶ。


「分かりません。それより、第二層のダイアナさんが救難クエストを辞退されました。だからロイダルさん。」


 ミサは心苦しそうにロイダルを見つめた。


「ダ、ダイアナがっ?クソッ……あのダイアナが諦めたってのか?!」


 ロイダルはクマを浮かべながら、酒臭い口を捻らせ地面を踏み鳴らした。


「クソッ!!クソクソクソクソッ!!クソがッ!!」


 ダイアナ・モードレットという実力者が諦めたという指標。

 その事実一つでギルドに影が落ちる。

 そう皆は既に知っているのだ。

 ダンジョンには明確な生と死の境界線が、はっきりと隔てられているということを。


「ロイダルさん……。」


 ダンジョンとは人が死ぬところである。


 それは鮫が陸では死ぬように、獅子が海では死ぬように。

 生きる場所が隔てられたこの世界で、迷宮の闇に溺れた人間はさも当たり前のように死んでいく。

 それが自然の摂理であるから。


「クソッ!!」


 ロイダルが癇癪を起し長椅子の脚を蹴飛ばしたその時、ダンジョンギルドに着信の呼鈴がリリリンと鳴り響いた。

 ミサは鬼気迫った表情で受話器を手に取り「こちらギルド」と返答する。


「……ミ、ミサちゃん。こちら第二層、ダイアナだ。」


「ダイアナさんっ!!」


 受話器の先のダイアナの声は困惑に参ってしまったように、疲れ切って震えていた。


「その驚かないで聞いて欲しいんだが……。」


「はっ、はい、なんですか!何が有ったんですか?」

 

 そしてダイアナは息を呑み、その先の言葉を紡いだ。



「今しがた、ドデカいキャラバン・・・・・・・・・が"崩落したダンジョン"を下っていった……。」



「はぁっ?!」


 その言葉にミサは少し怒ったように言葉を返した。


「何を言ってるんですかダイアナさん!!こんな忙しい時にっ!!」


「本当なんだっ!!馬のいない木製の六輪キャラバンが、四輪になりながらダンジョンの中を下って行ってしまった。

 これが幻覚だったなら、恐らく私は助からないッ。

 と、とにかく第三層に残るクランが一つ増えるだろう。

 彼らが何者かは分からないが、つ、通信石を強奪された。もう意味が分からない!!」


 ダイアナは戸惑ったような声色で、慌てながら弁明するようにそう言った。

 これは回り切った毒のせいか。

 ミサには青ざめたダイアナの表情が目に浮かぶ。


「と、とにかく連絡が有るかもしれない。つまりその、キャラバンに乗った何者かからの、強奪された私の通信石いしからの――」


 その時ミサの隣に置かれたもう一つの受話器から、

 ――リリリンと不気味な音が鳴った。同時に一瞬間、ミサの背筋に悪寒が走る。

 

「ミ、ミサちゃん。」


 ロイダルのその言葉にミサは静かに頷き、息を呑んで受話器を取った。


「は、はい。こちらギルドです。」


 ・

 ・ 

 ・


「プツ……、ッ……、ッ」


 ・

 ・


 ザザザァーと言った激しい雑音交じりに、その声が次第に輪郭を帯びる。


「あっ……、あっ、あー」


 ――!?


「……聞こえますか、……電波悪いな……いや、電波じゃないのか。」


 ぶつ切れの声は、激しい風切り音と共に聞こえてきた。


「もしもし?」


 ミサは恐る恐る、声を掛ける。


「もしも……。あ、お姉…ん?そっか……か話が早いや。


 今しがた深層で事故が起きたら、くて、誰も救助に行け……だとか。


 話によ、……ば"もう死人が出てるだとか"何とか。あぁ、後何人生きて帰れるのかなぁ?」


 返って来た声色は愉快犯の如く傲慢で、狂気的で、余裕を孕んでいるようだった。

 ミサは慌てた拍子に言葉を繰り返す。


「死人?!死人が出た……!?本当に……?私が……送り出した…

 そ、それは本当ですかっ!?……いや、それより。一体、貴方たちは誰なんですか!?」


 焦燥交じりの声色を嘲るように、淡々とその声は、はっきりと聞こえる様に帰って来た。


「誰ですかって、酷い人だな。」


 ギルドの受話器は呼鈴の音を増やしていく。

 隣でそれを取ったギルドマスターは、驚いたような声で「キャラバン……?」と呟いた。

 他の受付番も同様に戸惑っている様子が目に映つる。


「はい、こちらギルド。キャラバン・・・・・……ですか?洞窟ですよ?」


 冒険者を疑う声、自分を疑う声、懐疑の心がギルドを支配する。


「洞窟口より入電。先程、変な風体のキャラバンが入窟したとの報告が、ってあれ?私何を言ってんだか。」


「アンタきっと毒が回ってるんだ。あぁ確かに、幻覚効果はまだ学会で――」


 呆れた様な声が、あちらこちらで漏れて出る。

 所詮百聞は一見に如かずだ。

 どれだけ聞いても、信じられないことがこの世界にはある。

 そして間違いなく現場は混沌とし、このギルドハウスは混乱していた。

 たった一つの、その一件により。


「落ち着いてください!」


 次々に鳴る呼鈴は輪唱するようにその数を増やし、受話器の向こうでは口を揃えたように「キャラバン」という言葉が飛び交っていた。

 非常識で場違いな状況証言。鳴り止まない受話器。

 減り続ける命の制限時間。

 過去に類を見ないカオスの合唱を前に、ミサは苦しそうにユラリと頭を振った。


――酸素が足りない。


 そして時は、もう一度遡る。混沌を分別するように。




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