㊵乱戦と閉鎖空間
汚い腹を出した、デべそ男のハンマーが背中に迫った。俺はすかさず身体を捻り左手を緩衝材に置くが、次の瞬間には身体が宙を舞っていた。
「――がぁっ!!」
骨の軋む音がした。悲鳴を上げた身体はストレスを喉から吐き散らし、唾液交じりの声が呼吸と共に漏れて溢れる。凄まじい一撃、そして阿吽の連携力。宙を舞った俺の身体を羽の生えた魔導士たちが、魔法を放ち追撃する。防御に回すリソースが徐々に徐々に削られていくような感覚。背中で弾いた地面を手で支え、足で踏ん張り猛追をかわす。余裕が失われ視界が狭まり思考が浅くなる限界の攻防戦。これが本気を出したアルデンハイドの総合力。拙い魔法に頼らずとも、緻密な技術で追い込まれていく。そりゃそうだ。俺は凡人。対して奴らは選りすぐりのエリート戦闘集団。分かってはいた。厳しい戦いに成ると予測は出来た。だから初めから、真っ当に戦う気など無かった。
「豪炎乱舞ッ!!!」
「殺ずぅぅうううう!!」
「――天空の息吹!!」
巨漢の男にイカレ野郎、双方の大金槌が火を吹きながら俺を潰さんと迫る。その速度は二人の巨体に似合わないほど異質な速さで、刹那の内に距離が縮まる。メセナの支援魔法か。俺は二人の前へ煙り玉を投げ空を見上げる。グッドタイミングだ。上空からは無数の武器や小麦粉の袋が降り注いできた。無論、それらの刃先がアルデンハイドの兵を堕とすに足るものでは無かったが、条件は良く整っていた。俺は左右から迫る巨漢の合間を擦り抜け、立ち込める煙の中、魂炎陣の外へ退避する。
「小癪な。大口を叩けば、ちょこまかと逃げるだけ。我々が総力で挑めば打つ手は無し。全くもって惨めじゃないか。なぁ?」
「そうだな。はぁ……、しかし、魂炎陣は解いておくべきだった。」
「はあ?」
この魔法陣は特定の式魔が持つ魔素を共有するものだ。ここで言う特定とはアルデンハイドの訓練をクリアした炎系魔法使い。そして共有された魔素は領域内の空間を滑らかに、かつ速やかに移動し、あたかも何処からでも攻撃出来るような状況を作り出す領域魔法陣。
「境はここにある。外部と内部を遮断した空間の境。内部の魔素を共有し留めて置く為の薄い膜。」
上空からは、穴の開いた小麦粉がドッと陣の中へ降り注いでいく。食料を沢山持ってこれるのはキャラバンの特権だ。これらはエルノアの扉魔法で25層の遥か上空から投下されていた。何故ここまで回りくどいことをしたかといえば、エルノアはキャラバンに使う魔力と扉魔法に使う魔力の質、すなわち種類を分ける必要が有るからである。つまり今までは時間稼ぎに過ぎなかった。
「つまり俺たちが落とした粉塵は、てめぇらが生み出した魂炎陣の中で籠り、最高の仕掛けへと変貌する。」
「……それがどうした?」
俺は常備している火打石の鉱石を山なりに投擲し、発火具を振りかぶる。
「なぁアルデンハイド、……粉塵爆発って知ってるか?」
そして、投げ込んだ。火打石はやはり探検家の基本装備。
「……は?!」
石は発火し粉塵は爆発した。一瞬の燃焼、物理攻撃、非道な手段。今は、何を使っても構わない。しかしそれでも、俺が勝つ。たちこめる煙がやがて晴れ、爆心地と立ち込める煙の中からは、爆破をもろに喰らった百人隊が、その姿を覗かせた。
「いや、……だからどうした。」
無傷であった。
「それも、そうか。」
しかし、本当の狙いはそこじゃない。