㊴開戦
壮観である。1対100の今際の景色が。
「彼には地道に挑むなよ~、魔力を吸われてキリが無い。」
ヘラヘラと軽い口を開き、メセナが俺に指をさした。
「流石だなぁ。よく知ってるじゃねぇか、クソスパイ野郎。」
「それはどうも~!!」
メセナは憎たらしい笑みを浮かべ、百人隊全隊が構えを取り、後方に下がったネオが魔力を集めるように空気を動かした。
『――炎蜥回帰・魂炎陣!!』
大地に広がる紋様は、空気中から炎が発生する射程範囲を意味している。俺は剣の刃で平手を斬り、たっぷりと流血させ、敵の攻撃に備える。
「外炎内炎共に、時間を稼げッ!!炎芯は私を支援しろッ!!」
エルノアの話を聞かされたネオは、後方から自身の元へ魔力を集めていた。一人に対してそこまでするかと、少しは戸惑ってくれれば儲けであったが、百人隊は一部の隙も露呈させず、流れるような連携で隊列を前後に移動させた。
『玄武一閃。』
ともすれば狙いはネオである。うかうかと魔力を溜めさせるほどにボケたつもりは無く。整った隊に正面から挑むほど驕った動きをするつもりは無い。俺は剣を鞘に戻し、膝を曲げて強く踏み込む。
「玄武流、クカカ」
前方正面、最も近い位置、百人隊の中から飛び出す様に現れたそいつは、同じく居合の構えを取り正面へ踏み込んだ。
『――四獣一閃ッ!!!』
「っ………!」
十字に合わさった刃に力を込め、眼前の顔面がニタニタと端を発する。
「虚勢を張った割に、防戦一方の"玄武流"だけかぁ?!」
「なんだてめぇ。」
「俺は絶剣ッ、絶剣のカイル。......四獣流派を極めた、てめえの格上だ!!!」
剣は弾かれ距離を取る。四獣流派の絶剣、つまりそれは免許皆伝を意味する称号。
「カカっ、その程度かよッ!?」
男は笑い、俺は刹那に踏み込んで剣を振り上げる。
「うるせぇんだよ。」
斬れろと念じながらステップを踏み抜き、相手を叩き斬る。
「――は…?」
肉が斬り裂かれ骨が断たれていく、そんな感触など一切無いが。
「嘘、だろ......?」
血を噴き出したカイルは白目を剥きながら背中を地面へ打ち付けた。彼がほんの少し笑って出来た刹那の隙、たった一瞬の気の緩み、しかし戦場では慢心した奴から死んでいくのが道理だ。あぁ死んでしまったのなら仕方が無い。身体が断たれたのならば仕方が無い。そんなこと、気に掛ければ俺が死ぬ。
「カイルッ……!!」
世界的に貴重な絶剣が、血を噴き出しながら倒れていく。なんたる光景だろうか。さて、こんなことは普通は有り得ない。
「殺られた......」
「カイルが?」
隊の動揺に目もくれず、そいつは独特な自身の存在感を増長させる。
「へぇぇえ!!??斬ったね?!――あはっ、これで君の立場がはっきりしたよッ!!!僕らはモンスターを殺し、君は人を殺した!!!すごいなぁ!!!大~犯罪者じゃないかッ!!!!」
アイザックは、さぞ楽しそうにそう言った。
「殺されないとでも思ってたのか。」
「思ってたさぁ!!君が博愛主義者の偽善者であると、そう思っていたさぁ!!」
不殺は強者の特権である。弱者は偽善者にすら成れない。
「そんな最強ヒーローみたいな奴がいるのなら、そもそも戦争なんて起こらねぇのさ。アイザック、俺たちは等しく弱いんだよ。」
「ガッカリだよ!!」
「ならお手柔らかにお願いします。」
「――却下する!!」
魂炎陣に踏み込んだ俺の足場から、外敵を排除するトラップのように、ボフォと豪炎の柱が発生し全身を包んでいく。陣はすなわち、アルデンハイドの領域。彼ら以外に生存権は許されない。
「クハハハハハッ!!!――ねぇ、どうかな?!」
「……ぬるいな。」
「あれェ......?」
いや、クソ熱い。しかし熱いと思えるだけ幸いである。これが俺の中に流れる血液の遺物だ。魔法を使えなくさせる不便の根源であり、人生の弊害で有りながら、魔法攻撃を弱体化させる捨て身の鎧。そう、アルデンハイドが得意とする炎は、かつてこの身体が得意としていた自然系属性魔法。生まれてから失うまで研鑽を重ねてきた炎の式魔。属性系統において唯一、元来強力に耐性が有るのである。
つまり、今回の戦いに限って、アルデンハイドと俺との相性は最高なのだ。そしてそこに仕込んだ、情報の誇張という毒針。メセナからアルデンハイドが仕入れた、決定的誤認。
「へぇ…起こりが見えない。君、本当に"魔素を吸える"んだねぇ。」
「まぁね。」
だからアルデンハイドは攻撃の手数を増やせない。一部の高火力を持つ魔法攻撃に特化した兵のみを遠距離攻撃に当て、基本は後方支援で火力の底上げを図っている。生半可な攻撃は俺の魔力補給に繋がると考えるから。あとは物理的な近接攻撃の増加がセオリー。しかし、その近距離のみが俺の得意範囲。
「よくもカイルをッ……!!」
鈍く光った切っ先をバックステップで躱す。たしか、神速のダンテ。
「てめぇらにまだ、そんな感情が有ったのか――」
横から迫ってきたダンテの斬撃を強く弾き返して、距離を空けて波状攻撃を謀る近接隊を暇に斬り落とし、すかさず視線は炎を纏ったダンテへ戻す。
「お前らのせいで、死んだ仲間もいるだろ。」
「笑止。あの程度で死ぬ弱い駒は、家畜と同義だッ!!」
ゴミみたいな思想だ。
「じゃあ。さっきのあいつは家畜以下ですな!!」
「貴様ァ!!」
怒りという感情が有ることに驚きだ。誰かの為に怒れるのなら。何故仲間を駒に出来たのか。何故憎しみを生み出す行為を繰り替えし得たのか。俺は縦に振り下ろされたダンテの斬撃を剣でいなし、俺は剣を捨てながら空いた右手でダンテの剣の柄に触れた。
「――折れろッ……!!」
直後、飴細工を蹴り上げるように、足で弾いたダンテの剣身はボロボロに崩れていった。
「なっ……に?!」
やっと要領を掴んできた。親指につけたこの指輪は、魔力を有する際に物体に対して"支配"を促す力を有する。女帝の指輪らしい傲慢な力。というかこの条件下そして戦況を見れば、まるでラスボスにでもなったかのような気分だ。
俺は刹那に、困惑の表情を浮かべたダンテを二段蹴りの要領で蹴り落とす。
「だ、はッ――」
間髪入れず一閃するように、落とした自身の剣を彼の胸に刺して引き抜いた。直後、大量の鮮血が宙を舞い、それらが地に着くまでの間に、ダンテの死体を持ち上げ、迫り来る敵に投げようと振りかぶる。どうにも、これは少し過剰演出な気もするが。
「堅まれッ!!!!」
敵は投げられたダンテの死体をいなそうと試みるが、それはもはや血を噴き出しながら飛来する”鈍器”と変わらない強度であり、敵は巻き込まれるようにバタバタと卒倒する。
「――折れるな。」
すかさず拾った自身の剣にそう念じ、指輪が命令を伝達する。剣はその命令を受け、ギチギチと音を鳴らした。感覚的にだが、強度が増したような気がする。
「増えろ……。……じゃあ、伸びろ。……ダメか。」
命令には限界が有るらしい。或いはダンテの剣を折った時に魔力が切れたのかも分からない。如何せん自家発電式の指輪だ。魔力という電池が切れたら溜める他無い。幸いなことに、魔素はたっぷりと陣の中を舞っている。
「まぁ、いいか。」
次の標的へ向け狙いを定める。圧倒的な散り方の人死にが出ると、戦況は楽だ。敵の歩みには躊躇が生まれ、明確に士気が下がる。無論、その士気を左右する要因(炎粉)も、メセナが陣中にいるのならば、過度なスタミナ消費を誘発するため無闇に使えない。というか悪手。
『獄炎!!』
息つく間もなく、当たり前のように後方から飛来するのは特級クラスの魔術攻撃だ。しかし関係ない。血を振り撒いて式魔の弱体化を図りいなしていく。俺はこれを"血操魔術"と呼んでいる。魔術かどうかは諸説あるが、後天性無魔、唯一の特権である。あと、とても痛いので使い勝手が最悪。
「お前、強い。いいな。強いお前強い強い強い強い強いお前強いィ」
――なんだアイツ。
左手で剣に液体を塗り。髪を毟る男を無視して、正面へ踏み込んでいく。狙いは無論変わらず、魂炎陣の中央ネオの所在。しかし歩みを止めるように空間からは赤色の手が伸び、俺の足首をグッと握った。魔法を利用した物理攻撃。なるほど、呑み込みの速い奴がいる。俺は赤い右手を断ち切ろうと試みるが、切断部のみがフッと空気のように消えていき、握力は依然残り続けている。
「赤便野郎……」
「後ろを見給え。」
アイザックが指を刺し、同時に炎を纏った巨大な鉄槌の痛みが、めり込むように背中を襲った。