アルデンハイド百人隊の喜劇 妥結
「何すんのよ!!」
腕の中では偉大な少女が暴れる。しかし頭の中では上の空で、それよりも、将来に対する一抹の不安が拭えずにいた。元来この懸念は巨大なものだったのだろうけど、溢れ出す自信が相殺し、それらは刹那に矮小化される。というか絶賛上の空から、巨大な懸念が見下ろしている訳だが。
「マーヤ、このドデカい親戚に敵じゃないと伝えてくれ。」
「いえ、その……。」
俺はクイーンハーピーの前で膝を付き、真横に立つマーヤへ通訳を促す。しかし、マーヤは渋った顔をし、クイーンハーピーは地に足を着けて、俺を見下ろした。
「言葉は分かりますよ稀有な旅人。或いは、気違いの類。」
なるほど都合が良い。失敬な女王では有るが。
「マーヤをここまで連れてきたのを見ていました。して、今更ながらこの地獄に赴いた理由を伺いましょう……。」
「戦争よ!!お前たちを根絶やしにしてっ――」
腕に抱えたネオ=アルデンハイドが、見上げた先を睨みつけ、暴れながら吠える。
「黙ってろドちび。――それを話すのは、俺じゃない。」
「ドチビ?!……きさ、モガッ...」
俺はネオの口を抑え、マーヤの顔を見て頷く。
「はい。……お願いが有ります女王陛下。どうか、地上の法に乗っ取り、ハーピーが冒険者を襲わないように約束して下さい。そして、地上人との和解と彼らの協力をして頂きたいのです。彼らの真の目的は、少なくとも彼ら"シーカー"の目的は、我々の文化を侵略することに有りません。彼らはこの地に旅の拠点を作りたいだけなんです。だから、地上人との敵対関係が解ければ、この方は我々の為に戦ってくれます。この方は私たちを救ってくれます。そう誓ってくれたのです。いつからか始まったハーピーと人間との数千年の捻じれ。でも私の父がそうしたように、もう私たちは憎しみ合わなくて良くなる。彼らこそ、父ヤマウに伝えられた希望なのですっ!!」
ハーピーの女王は優雅な挙動で、押圧するかのように翼を折りたたみ、艶のある前髪から鋭い眼光を覗かせて言った。
「マーヤ。それを信じろと言うのですか?」
「はい!!」
しかしそれは、愚直な程に純粋な返事だった。聡明なこの女王には不審がられるかも知れないが、それはマーヤから出た圧倒的な意思。
「では貴方に聞きましょう、稀有な旅人。何故我々の味方をするのでしょう。貴方が信頼にたる根拠は何処に?」
俺はネオの首元に刃を当て、アルデンハイドを横目に牽制しながら言葉を返す。
「根拠が必要な状況には見えないな、俺たちは既に取り返しのつかない代償を支払ってる。斜塔街最強のクランアルデンハイド、この軍隊の喉元に俺は刃を向けている。加えて、俺たちがアンタらを裏切ったとしても、この将来で和平を結んだ結果アンタらが不幸になったとしても、今滅びるよりはマシだと思うけど。」
冷静な口調で諭すように心がける。内心は焦りだ。時間が無いぞ、クイーンハーピー。血族ですら捨て駒にする連中はザラにいる。大義の前では、こんな人質は直ぐに無為と化す。俺にネオを殺させるな……。
「そうです、か。……そうですね。ですが、なればこそ答えて頂きたいのです。旅人、一体何故、貴方は我々を助けるのですか?」
ジリジリと迫り来る百人隊を前に、ハーピーの軍勢も俺か百人隊かを襲わんと身構えている。もはや気分は四面楚歌だ。誰が俺の味方なのだろうか。敵はどいつなのだろうか。しかし、それでも、俺がここに立つ理由は確かに存在する。
「病気なんだよ。困ってる奴を見ると気の毒に思う、苦しんでいる奴を見ると助けたくなる。――そういう症状の、病気を患ってる。それだけ。」
俺がそう言うと、名も知らぬクイーンハーピーは「ふふっ」と優しく笑って、こう返した。
「気の毒ですね。」
大きなお世話だ。
「だが人類悪になるつもりは無い。仮にもアンタらはモンスターの端くれ。つまり俺たちには大儀がいる。――ざっくばらんに話すぞ女王。第25層におけるシーカーとの協力及び和解と、安全地帯を保証しろ。それが条件、さすれば俺は奴らを退かせる。」
クイーンハーピーは、初めから分かっていたかのように両翼を大きく広げる。懸命だ。そして聡明だ。
「――よろしい。我、大女王エオリカの名の下にそれらを保証し、妥結すると誓います!!」
ここに大義が出来た。それが虚偽だろうが、不明確であろうが、そんなものはどうでもいい。病的なほどに箍の外れた、この良心の呵責を相殺し得る、戦う理由さえ有れば良い。
「交渉成立だ。」
俺が発したその言葉と共に、ネオとマーヤは黒い霧に包まれる。エルノアの特殊な扉魔法に包まれキャラバンに転送される。
「さて、名も知らぬ無謀な旅人。何か手伝いましょうか?」
クイーンハーピーは翼を口元に当て、愛嬌たっぷりに皮肉った。一方俺は新調したこの剣の末路を憂い、肩を落としながら言葉を返す。
「いらない、退ってて。」