アルデンハイド百人隊の喜劇 結
第25譚{斜塔のダンジョン 戦層}
――お前がそう望むなら、俺たちは力を尽くすよ。
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{第25層・シャングリラ}
『もう、止めて下さいッ!!』
百人隊の軍勢を前に、一人のハーピーがそう告げた。人間でも有り、ハーピーでもある彼女のその一言は、"困惑"という形で戦場を沈黙させた。
『もう散々ですッ!!どれだけの血が流れたでしょうかッ!?どれだけの憎しみが生まれたでしょうかッ!?それでも……、それでも全て水に流しましょう!!』
「情報通りだ。」と、隊の中から声が聞こえる。
『だから今後は、貴方がたの目的に協力しましょうッ!!第25層の往来を看過し、認めましょうッ!!だから、もう争いは止めて下さいッ!!』
その半人ハーピーの声は、水面のように澄んでおり、それでもどこか憎しみに濁っていて、それでも尚、よく通る声をしていた。
『やれ。』
俺は隊の後ろから前方を眺め、ハッキリとその声の主を捉える。まだ幼い少女でありながら、大統括を任されたネオ=アルデンハイドは、この百人隊の重要な核となっている。彼女の指示を聞き入れた後衛は、つまり俺たちは、呪文を詠唱し、魔法を放つ。この陣の中では、アルデンハイドクラン全員分の魔力が共有され、空間さえも思い通りに牙を向くようになっていた。このような結解式の魔術は、例えば村単位で良く見られる"敵襲に備えやすい連帯魔術"として有名であり、老若男女問わず、総力戦体制を取れるという大きなメリットに加え、味方の魔法で仲間が死なないという特色が有る。習得するには村人全員に多分な熟練度が求められるが、太古の昔から祭りや伝統行事としての体裁を取りながら、後世に伝えていった村も珍しくは無かった。
「おい、お前、サボるなよ!」
「――わ、悪い。」
手を前に伸ばし火炎魔法を詠唱する。こういったトロ臭い奴が未だに居ることが驚きだ。真っ先に死なないのは後衛が為か。俺たちは詠唱を終え、半人のハーピーに魔法を放つ。空間からは巨大な火球が出現し、比較的ゆっくりと進んでいく
「な、なんでアイツが重要なんでしたっけ?」
困った奴だ。五番隊か?あそこは宗教しか教えていないと聞く。
「馬鹿言え、もう忘れたのかッ!!半人のハーピーは貴重な存在なんだ。やつを攻撃すれば、クイーンハーピーが怒り狂って砦から出てくる。手っ取り早く倒せるって教わっただろ、一体何年目だ?というかお前ッ……」
「――わ、悪い悪い。悪かった、どうもどうも!!」
火球が半人のハーピーに迫りゆく、じわじわと、着実に、しかしハーピーは不思議とそこから避けようとしない。腰でも抜かしたか。
『もう止めて下さいッ!!!!!!!――私たちはッ!!文化を持ちッ!!歴史を持ちッ!!言葉を持つ者ですッ!!侵略だッ!!これは侵略行為ですッ!!――これは侵略行為ですッ!!!』
なんだアレ。
「……へッ、哀れだな、あのハーピー。敗者の言葉が通じると思ってやがる、滑稽だよな?」
俺はその光景を呆然と眺めるさっきのドベ野郎に声を掛ける。
「そうでしょうか?俺は少し同情してきました。それに理屈は正しいと感じますよ。」
「――は?」
「いや、だってほら。そもそも、本当に彼らが文化人なら、……もしそうだとしたら、アルデンハイドは法律を犯すことになりますよね。シーカーとしてのクランで有りながら、冒険者で有りながら、国に帰属しない一クランで有りながら、その権限を逸脱し、他人の文化圏を侵略したことになりますよね?」
何だコイツ……。クランに楯突こうと言うのか?
「……まぁ、そう。……いや、奴らはどう見てもモンスターだ。バカなのかお前ッ?」
「――それでも現に、あのハーピーは"そう"主張して、人の言葉で喋っておられる。」
「だ、だからどうした。オウムだって言葉を返すだろ?」
「オウムは仲間の為に泣かないでしょう。俺、ネオの所へ行って直談判してきます。」
「ちょ……、バカ野郎!!殺されるぞッ!!」
五番隊は狂った奴しか居ないのか!?偽善に取りつかれた悪魔だ。あの神父の教えのせいで、また一人馬鹿が死ぬ。
「お気になさらず。あと、生き残れるようでしたらコレを……、盟主か副盟主にお渡し下さい。」
男はそう言って俺に手紙を投げつけ、ネオの元へ歩いていく。
「待てッ……!!」
『出たぞッ!!クイーンハーピーだッ!!!!!』
直後、テンペストの頂点から、空を裂くように巨大な翼を持つハーピーが姿を現した。隊は若干の同様に揺れながら、その光景を眺める。まるで空気が震えているような感覚。或いは俺が震えているのか、目の前に君臨する巨大な生物には、人知を超えた絶大な脅威を感じた。しかし、揺れる視界の中で、その男だけが真っ直ぐとネオの元へ歩いていく。一歩たりとも止まることなく。
「大統括~。お話が有りますぅ!!」
その背中を追いかけるが、遅かった。男は既にネオの元へ辿り着き声を掛けた、もちろん、彼女は不機嫌な顔で振り向くのである。
『誰だ貴様ッ。所属と名前を言え。――そして、後悔と共に……」
「――えへっ、名前ですか?」
有ろうことか、男はネオの言葉を遮った。いや、遮るどころか、ネオのその身体を抱え、黒い影に包まれていく。それは一瞬の光景だった。しかし、息をハッキリと吞むほどの長い暇に感じた。最後の瞬間、記憶に残っていたのは、男から渡された手紙を勢い余って握りつぶしたその手の感触、そして俺の耳に微かに届いた男の声だった。
「……名前は元来、有りませんよ。」
その言葉を最後に、黒い何かに包まれたネオは、男と共に忽然と姿を消した。そして俺は眼にした。sの光景はまるで信じられたものでは無かったが、ネオを抱えたその男は、次の瞬間。クイーンハーピーの眼前へ、堂々姿を現したのだった。