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③ヴズールの武器屋にて


{人狼村・ヴズール武器屋の一階寝室}


「ここで殺されたのは、隣街のアッサムから移住した武器商の旦那で、寝込みを襲われたんだと思いやす……。」


 武器屋の寝室へ俺を招き入れた村長は、

 想った以上に若い人間であった。

 村自体も錆びれた様子はなく、

 比較的綺麗に見える。


「そうですか。」


 寝室までの足跡は複数。

 現状に至るまで多くの人間が出入りしていたことが伺える。

 野次馬をいなす警察みたいなのがいない時点で、

 仕方の無いことでは有るが。


 死体には確かに傷跡が三本、

 端っこのは浅くて分かりづらいが全体で見れば縦に平行の裂傷で、

 真ん中の1本が深く入っているように見える。

 そして頭部が欠落し、

 首には歯形が付いている。


――頭部だけ・・・?


「村長、この村は最近興された村なのですか?」


「はぁ……、良くお気付きで。確かにこの村は、近隣の村や街から人を寄せ集めた若い街で有りやす。歴史はまだ一年と有りません。けれどみんながみんな嫌われ者やならず者という訳では有りやせんで。故郷の古い掟や慣習に嫌気がさし、ならば自分たちで興してみせようと躍起になっている、そういった向上心ある連中の村なんです。」


 人狼にとっては最高の環境という訳か。

 計画を練り、機をてらったとして合点が行くようなタイムライン。

 そしてこれから被害者が増えていったとしても、

 何ら可笑しくない状況。

 しかし、それなら不可解な点が一つ有る。


「分かりました村長。もう察している者もいるかもしれませんが、僕が思うに、……というか彼が推測していた通り、この村には人狼が紛れ込んでいるでしょう。」


 俺は半ば脅迫して同行させた生物学者、

 ライ=アリエスを親指でさし、

 寝室に備え付けられた唯一の小窓を確認する。


 ライを同行させた理由は人狼についての知識が有ったからだ。

 俺が人狼なら次に学者であるアンタを襲うだろうと、

 適当に捲し立ててこの現状に至る。


 しかし人狼とて相手は人並みに賢い。

 この近辺の自警団で指紋まで調べるような技術組織はいないだろうから、

 俺は公然と素手のまま、窓ガラスの建付けを確認する。


――スライドは良好。だが、人が出入りするには厳しい大きさ。


「ライさん。覚えていないかもしれないが、この窓のロックはどうなってた?」


「わ、分からないよ。けれど、ここは出入りするには少々高い位置だ。から、もし外から入ったとするならば足跡が有って当然。でも昨日は雨風が強かったから痕跡も有るはず。僕が分からないほどに消えているなんてことは……、でもでも、ロックをしていないなんて不用意なことがこういった村で……。」


 頭が良い人なのだろう。

 けれどライさんは、何処か抜けている感じが否めない。


「痕跡が分かるならこの部屋の状況を見ればいい。そして恐らく、窓から侵入した痕跡は無い。もし雨の日に泥だらけの靴で入れば、窓側の床が汚れているはずだからな。」


「あぁ、そうだね。」


 ライは全く疑いの無い、

 晴れて納得したような表情を見せた。

 この人は嘘でも簡単に言いくるめられそうだ。


 しかし事実として、

 ずかずかと正面から土足で上がったこの足跡の中に、

 拭い去った痕跡の無い、

 血しぶきの上を踏んだこの足跡の中に、 

 犯人のものが有ると言うのは確定なのだろう。


「多くの人を部屋に入れてしまったのは何故ですか?現場の証拠が滅茶苦茶になってしまっている。」


「すいやせん。興したばかりの村でやしたから、パニックと相まってアッシ自身も動揺してしまいやして、現場をまとめるものがいやせんでした。」


――なるほど。


「でも、殺した人狼が魔法使いだったら?武器屋に入った痕跡を残さず、店主を殺害出来るような魔法を使っていたら……、その時は、一生犯人を見つけられないんじゃないか?」


 ライが初歩的な疑問を投げかけた。

 なるほど魔法教養は足りていないらしい。


「もし魔法だったら、死体に残留した多すぎる"魔素"で気付くでしょう。人の身体に流れ、成長を共にする特殊魔法の性質には明確な個人差があるので。他人のものと多少は判別が付く。それに、そんな上級の魔法を使えるものならば、白昼堂々皆殺しにして、部外者が来る前にみんなまとめて非常食だ。この死体を見るに、魔法の可能性は限りなく少ないはず。」


 そう、限りなく少ない可能性を追っていても仕方が無い。

 今は冤罪でも犯人を絞らなければならないのだ。

 なぜなら、粗方絞れれば向こうからボロを出すことも有るから。

 そしてもう一つ重要なのは、

 確定的な「白」を洗い出していくこと。

 殺人事件は「黒」を見つけるのと同じくらい、

 この「白」を確定させていくことが鍵となって来る。


「村長。店主が死んでから村を出た人間は?」


「いいや、そこの彼だけでやすね。それと、すいやせん。……アッシはさっきから気分が、その、吐き気がするんで、部屋の外にいさせてもらいやす。」


 村長は首を横に振って部屋を出た。

 確かに隣人の死体を前に、少し無理をさせた。

 しかし、その話が本当ならば、

 犯人である人狼は潜伏で間違いないだろう。

 武器屋の正面扉が破壊された痕跡も無いのだから、

 あとはアリバイを集めて、

 昨日この店に入れた人間だけを洗えば犯人は大方絞れるだろうか。

 幸いなことに、村の高台には昨夜も見張りが居たらしい。


――なんだ、思いの外イージーなのかも知れない。


 俺は部屋の外へ赴き、

 窓を開けて空気の変わった場所に佇む村長へ向けて計画を伝えた。


「……ということですから明日の朝、殺人が出来た人間だけを集めて話し合いをしましょう。ライによれば、人狼は本能的な生き物だと。犯人と疑わしい人間には、人血を入れた杯を目の前に置き、牢屋へいれて確かめます。」


「そう……、ですか。分かりやした。ご協力感謝申し上げやす。」


 そして事情を聴き、情報を集め、

 焦燥の中で迎えた明日の朝。

 俺はこの村が抱える大きな闇の渦に、

 あっけらかんと、呑まれることになるのであった。


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