㉝蒼い絆と、サピロスの山小屋。
{第20層・氷平線の雪原『蒼玉の山小屋(C5)』}
「C5、完成された最後のキャンプ地さ。日が暮れる前に来れたね。」
層測器はきっかりと20の数字を刺している。
「寒い。」
「そうだね。さっさと入ろうか。ここの管理人は誰であろうとも「おかえり」と挨拶してくれるんだ。そのアットホームさにひれ伏しながら、暖を取ることにしよう。」
メセナはカランカランと音を鳴らして、重厚な木製の扉をグッと引いて開けた。ここが最後のC5か、そう思いながら顔を上げると、メセナの背中がピタッと止まった。
「――残念。もう一枚だ。」
二重扉。そう言えば屋根も鋭角だった。寒冷地帯ならではの対策なのだろう。
「そ……、そうか。」
二枚目の扉を開けると暖気が流れ込んでくる。人口で暖色の灯り、パチパチと弾ける暖炉、開放的なロビー。内観は山小屋と言うよりか金持ちが建てる別荘とか、ちょっと豪華な宿屋だ。
「シラ婆!!ただいま!!」
ロビーのカウンターの中で、新聞紙を広げる老婆がいた。
「また来たのかい。」
「――おかえり、って言わねぇじゃん。」
「更年期なのかな?」
「耳まで遠い訳じゃないよ、メセナ?」
すごい剣幕だ。しかし、20層に居るという時点でただ物では無いのだろう。
「大体アンタが来るときゃロクでもない……、」
ふと老婆は言葉を詰まらせると、眼鏡をそっと落として、俺の後ろを覗き込む。
「おや……、ソフィア。来てたのかい。」
「あ、あぁ。ただいま。」
「ん。おかえり。」
老婆はそう言うと新聞を畳み椅子から降りて立ち上がった。
「その他数名……、初めて見る顔だね。……ようここまで来よった。2、4、6、7。その娘は何だい?」
老婆は縄で縛られたマーヤをジッと見つめながら言う。
「食料かい?」
「ヒィッ………、ち、違います!!ほ、ほ、ほ、捕虜です!!」
マーヤは羽をジタバタさせながら否定した。
「おや、これは、そうかい珍しい。それに全く、可哀想に……。――いいだろう七人だ。風呂は沸かしてある。メセナ、食料は?」
「しこたま持ってきたよ。寄付分も有る!」
「おや、気が利くじゃないか。それなら充分。中部屋の402を使いなさい。」
「お…やったぁ、ラッキー。屋根裏だよ……。」
「ほれ、初めての子らは壁にある地図をみんしゃい。」
そう言いながら老婆は自分でもマップを広げ、それを指でなぞりながら言った。
「……地下二階は宝物庫と大広間。地下一階にはレストラン、宴会場、普通倉庫、食糧庫。ここにある武器や雑貨は時に売り物でな、欲しい時にゃフロントで取引だよ。一階はそのフロント、ロビー、医務室、そして大浴場。好きなだけ入りなさい。金は取らん。」
良心的だ。
「メインキャンプ地での宿泊は基本的に無料なんだ。怪我人とか、長期滞在する人に余計な負担が掛からないようにするためなんだけど。私ら二人はよく、その恩恵にあやかっていた。」
「ただ飯食ってた訳か……」
「そうとも言う。ただ先代ラインズが建設費を出したからね。うちとアルデンハイドは人手を送ったそうだし。婆の恩返しとでも」
「聞こえてるよメセナ。お前はただ血が繋がってるだけ。」
「あっは、確かに!!……地獄耳め。」
老婆は話を戻す。
「フロントでは、ギルドからのクエスト依頼も有るでな。受けたいときは言いんしゃい。まぁ基本は遺品回収、食料調達……、気分を害するものばかりが届く。二階と三階は客間じゃ。三階にはそれに加えて会議室も有るでな。その上は……、ほぼ四階とも言えるが、普段は換算せん緊急用の客間及び展望室。まぁ見晴らしは良いでの。」
立派だ。立派過ぎる。こんなに豪華で良いのかと言うくらい広い。加えてここに来れる人間などは限られているはずだ。あまりに持て余しているように感じる。
「本当は10層みたいに観光客向けの旅館にする予定だったんだ。でも安全面で問題が山積みでね。それはもう、ここに積もる雪の如しでね。だから、婆も中々いい仕事をしているよ。客来ないからさ。」
「メセナ?お喋りは相変わらず……。さて、最後に、旅のお方殿。儂がこの第20層、山小屋を管理しておる"シラバ"というものじゃ。」
だからシラ婆か。
「シラバ・アルデンハイド。みなは良くシラバアと呼ぶ。ぬしらも何か困りごとが有ったら遠慮せずに呼びんしゃい。それと今夜は貸切では無いでの。あんまりうるさくしないように……。」
或いは、シラバ・A説。というかアルデンハイド家か、やはりただ物では無い。
「元、盟主だよ。」
メセナはボソッと耳打ちしてくる。こそぐったくて顔を引いたが、ふと目に映った暖炉には、炎は有れど、薪が無かった。
「深層に近づくに連れて、魔法ってのは弱体化されていく。魔素が薄くなるからね。それでもこの20層の寒冷地帯で、シラ婆は寝てる間も、炎を生み出し続けている。各部屋を暖める暖房も、膨大な雪を溶かして作る飲み水も、第19層の鉱物と雪解け水を利用した青い鉱泉も、全部、彼女の力あってこそだ。さっきはあんな事言ったけどさ。料理も上手いし、狩りも出来るし、事務もこなすし、ってかここまで来れるし、正に適材適所、適任なのさ、シラ婆は。」
もしかしたら、斜塔街ギルドが持て余しているのは、この宿では無く、人材なのかもしれない。
「さぁて、レッツ鍋パだ!!――手伝ってよシラ婆!!」
メセナはそのまま、シラ婆の元へ走り寄っていった。シラ婆は少し鬱陶しそうにしたが、その後ろ姿はまるで祖母と孫のようにも見えた。