㉜『極寒、第二十層。~The Twentieth Layer~』
{第20層・氷平線の雪原}
「点火はよっ、点火!!ナナ!?」
「うぉおおおお、ファイアアアアアア!!!」
火打石を何度も打ち付け点火を試みる。キャラバンの運転席を前方に見て左側、助手席と台所の間、ダイニングの隣には、暖炉を組み立てる為のスペースと、そういう設計が施してある。
「もーさ、魔法に頼りなよ。」
「うるせぇメセナ、これがユーブの伝統なんだよ。魂で炎を生み出すんだ!!」
「魔法で良い。もう魔法で良い!!」
プーカはジタバタとしながら身体を動かし、俺は一向に燃えない火種を前に悪戦苦闘する。
「ばっか、お前。魔法が使えない特殊領域にいた場合、または魔法が不安定な領域で火を起こす場合、かつ燃料が何も無い時は火打石が最適だって、魔法学校で教わっただろうが!!」
「僕はその授業受けてないよ。」
「プーカ学校行ってない~」
「全く、誰がそんなこと教えたんだい。限定的過ぎるだろその状況。」
確かにぐうの音も出ない。ただ俺一人なら有り得なくもない状況なのだ。
「あっ、ほら。じゃあまた指にリングをはめてさ、その石を打ってみたらどうだよ。」
「なるほど。それいいな。」
俺は提案に乗って、何となく薬指に着けていたリングを再度、親指に着けて石を擦った。
「いけッ!!」
瞬間、――シュボッと、30cmほどの火柱が立ち石が粉々に砕け散る。
「うぉおおお!!!」
「――ちょ、おいナナシ!キャラバンで火遊びをするな!!」
ルームミラー越しのリザの目が鋭く光る。
「……こういう使い方だったのか。」
「正しいような、間違ってるだろうな……。」
メセナは苦笑いをしながらそう言った。
「ただやっぱり、親指なんだろうね。正しい場所は、」
「あぁ、そうみたいな気がする。」
包丁で食材を試し斬りしながら、切れ味の変化とその条件を調べていったが、包丁の切れ味が上がったのは"親指装着時に切れろと念じた時"だけという結果であった。そして何か事故が起きるのを防ぐために、必要の無い時は薬指に着けている。直径がフィットする為だ。
「リザ、もう少しで付きそうだ。速度を落としてくれ。」
助手席のソフィアはそう言って。辺りを見渡した。酷い猛吹雪だ。まだ日は落ちていないが、夜になれば絶望の淵に即死するような場所である。
「普段はもっと穏やかな気候なんだけどね。まるで22層の豪雪地帯にいるみたいだ。」
「22層か……。」
20層より下は巨大な氷の層で出来ているが、階層ごとに平野のような空間が有り、寒冷地帯のような厳しい気候が待っていて、23層ではそれがピークを迎える。
「おっ、なんだい?見たいの?」
「機会が有ったら見たいかな。」
しかし、この第20層が一先ずの俺たちのゴールだ。これから先に挑むかどうかは、アルデンハイドの動向による。
「クレバス(巨大な氷の谷)にでも落ちれば、24層までは見られるかもな~」
「あぁ、死ぬ前の2秒間だけな。」
ソフィアは冗談めかしにそう言い、メセナがしっかりと補足する。
「無茶な気を起こすなよ。クレバスには当たり外れがあるんだ。それに、外れはただの落とし穴で餓死。当たりを引いても落下死が良い所だ。それに9層みたいに、視界が良くない。絶対に落ちないでくれよ!」
ホワイトアウトと言う奴か、確かに速度の出るキャラバンの走行では、視界が不明瞭なことで、普段の探査よりも慎重にならなくてはいけなくなる。
「大丈夫だっての。こっちにゃスカウトベルが有る。閉所出なくてもな、キャラバンが落ちる程の穴を探すくらい造作もないことだ。」
リザはベルを鳴らしながらそう言った。
「寒い。」
階段部からは、ロフトから降りてきたテツが鼻水を啜りながら歩いてくる。そして丸まる様に暖炉の前に屈んで手を当てた。
「C5まだなの?」
手を擦り合わせながら、テツは真っ白く覆われた前方を見た。
「もう直ぐだ。あとちょいで、立派な山小屋が見えてくる。」
「フリーダムが建設協力したんだ。木造三階建てだよ。」
メセナは嬉しそうにそう言った。