アルデンハイド百人隊の喜劇 起
認識阻害魔法{陽炎}が切れてから、僕はケニーと、とある約束を交わした。僕からケニーへは「必ず助けに来る。」ということを。ケニーから僕へは「死んではいけない」ということを。僕から提案しておいてなんだが、彼との約束を守れそうにも無い。右腕欠落、左膝は、……骨折だろうか。どちらにせよ、見つかれば終わりだ。
「ふぅ……。」
岩陰に戻り、リュックからノートを探し出す。もしケニーが無事に戻れたとしても、彼だけの証言じゃあ信憑性に欠ける。一矢報いるにはまだ足りないのだ。
「あぁ……」
独りになってしまった。
ノートを取り出すだけでも苦労する。痛みで意識が飛びそうだ。あと何故か寒い。
「えっと……、ペンさん、おいで、手の鳴る方へ。」
ガサゴソとバックの中を弄る。ピッケルにロープ1、ロープ2。ハーケン数本と携帯トイレ、燃料、食料、アイゼン、着替え、通信石。蒼炎は後衛だから前衛の分まで荷物を持つことになっているから、色々なものが二人分有るけど、あれもこれも必要無かった。岩窟の天を仰ぐ。全ての努力が、成長が、体験が、苦しみが、今日のこの瞬間に帰着する。この汚くて狭い天井が最期の景色。あぁ、それなら。……なんて、なんてゴミみたいな人生だ…。僕はここで死ぬために生まれてきた。ここで死ぬためまでの今日だった。これじゃあ、まるで家畜と同じだ。
「クソッ……」
筆圧で紙に穴が開く。
「クソッ……!」
文字がブレて、字が震える。
「・・・」
痛みを抑えて書き続ける。アルデンハイドとハーピーの戦いは、先程まで五分であった。しかし、もはや百人隊の勢いは完全に失速している。恐らくはガス欠だろうけど、無理も無い。どれだけ魔法で上げた士気が高かろうとも、その魔法で気が振れた者たちは緩急というものを失う。ハーピーたちも馬鹿ではない。短絡的な猛攻を見れば、いなすように立ちまわっている。しかし、注視すべきは幹部たちの動向だ。ゴンドラ周りに野営地を組み始め、彼らだけを見て取れば、守りの戦いをしている。さながら豪炎に染められた、地獄の一夜城だ。
「はぁ…、はぁ…、はぁ……。」
寒い。外では戦いが増し。湿気と熱に覆われている。それでも寒い。そして何よりも、虚しい。まるで違う世界にいるようだ。音が少なくて、とても怖い。とても、とても、怖い。眼前で引き裂かれた仲間は、どんな思いで死んでいったのだろうか。それもこれもどうでもよくなってきた。ただ今は、怖くて虚しい。誰にすがればいいのかな。こんな時、君ならどうしただろうか。……ナナシ。
――ごめんね、お婆ちゃん。
目を瞑りながら土を掘り、頭を落としながらノートを埋める。この体勢が楽だ。少しだけ痛みも和らいできた。後はケニーを、ただ待つだけ。