㉛『星天、第十九層。~The Nineteenth Layer~』
『――天空の息吹!!』
メセナは両手で作り出した空間の中に一息吐き出し、アルクの方へ向け両手を広げた。瞬間、アルクが浮かばせた岩石の欠片は、メセナが魔法を唱えた瞬間に横回転をかけながら、弾丸のような速度で飛んでいった。それを顔面に喰らいよろけたダニーは、白目を向いたまま奈落へと落ちていく。
「ね、ねぇナナシ!!見た!?――ぼ、僕は最強だ!!」
「絶対お前じゃない。」
――これが、メセナ・フリーダム。斜塔街№3クランの長。この強さは尋常じゃない。
「大丈夫か、ソフィア!!」
俺たちは後衛に目をやり、ソフィアの戦況を見る。その時、彼女はちょうどダニーの左胸へ短剣を伸ばし、刺し殺していた。注目すべきは流れていた血の量。通ってきた道から川のように流れ始めており、後ろには大小四体ものダニーが裂傷の末に息絶えていた。
「今、終わった。」
真っ赤な血に塗れたソフィアは、そう呟きながら振り返り短剣を抜き取った。
「そんなに居たのか……。」
前だけに意識がいってしまっていたが、ダニーとその使役する斜塔白狼は小さな群れだった。
―――――――
{第18層~第19層(不明)『サファイア街道』}
「やっと着いたね。お疲れ様。」
メセナはそう言いながら、少し開けた所で立ち止まった。
「休憩か?」
「いや、ここから先はサファイア街道と言って、第19層のスロープに接続し第20層の我らがC5(蒼玉の山小屋)まで広い道が続いているんだ。金に眩んだ先人たちが、採掘のついでに作った大通りだよ。」
――往々にして、斜塔街の先人たちは何かのついでに開拓していて面白い。
「じゃあ、という事は……?」
「キャラバンで行かないか、ユーブサテラ。」
全員の喜びを体現するかのように、プーカが『よっしゃぁああああああ!!』と叫んだ。
―――――――
{第19層(推定)・地中の星空『サファイア街道』}
「いずれ開拓が進めば、ここも観光名所になるさ。さっきのようなことが無くなればね。……それまでは冒険者だけの贅沢としよう。」
推定第19層・地中の星空。層測器は魔素を含む鉱石が近い為か、針が振れてしまっている。しかし、この場所に辿り着ければほぼ、第19層と断定していいとメセナは言う。そこは内壁から漏れ出る光が丁度当たらない空間。大気中の魔素や魔力を有するモンスターの動きに呼応し、深い蒼の魔鉱石が煌めく星空のような場所。開いたハッチから覗くその小さい四角い空間は、まるで宇宙のようであった。
「しかし、狼にイエティと。あんまり良い予感はしないね。本来なら直ぐにでも上層に戻って、通信石でギルドに報告するべき事案だ。」
「そんなにヤバいのか?」
この帯域に挑む者なら、多少の難易度の前後も、慣れていそうではあるが……。
「うーん。良くないことだね。やはりここは他のダンジョンと違って、層と層の違いが如実なんだ。正に別世界と言っても良いレベルで違ってくる。そうなると他のモンスターが絶滅する恐れがあるし、さっきのイエティだってそうだ。18層であれだけ戦えるとは思わなかった。戦闘スタイル、俊敏性、パワー。豪雪地帯で見る彼らとはまるで生物が違った……。」
メセナの言葉にソフィアも頷く。
「そうだな。もはや新種だ。……それに、ああいう事態が起こる時は、ダンジョンそのものに異常事態が発生してる可能性がある。例えば環境の変化だとか、地形の変化だとか。伴って、モンスター同士の関係性も、ギルドが指定階層主を見直すほどの上下の変化、謂わば下剋上みたいなものが起こったこともある。」
「その通り。」
メセナは紅茶を啜って続けた。
「ああいう生物は、その層に適した姿をしているんだ。さっきの生き物で言えば寒さに適応した姿。つまり、環境が極めて変化している層は本来過ごしにくい場所であると捉えられる。今回のやばさっていうのはそこだ。第20層の寒冷地帯に生息するイエティが、環境の全く異なる第18層で見つかった。これはもう、……決定的に狂ってる。」
一先ずの安堵の中、キャラバンに乗った俺たちは目的地であるC5を目指して進んでいく。徐々に変化していく気温に防寒対策を始めながら、不可思議な異変を感じつつ、愚かにも、勇敢にも、俺たちはその"不穏の渦中"へ、キャラバンを走らせていった。