㉚解禁、メセナの白魔術。
ソフィアは短剣を構え、テツは臨戦態勢を告げるように銃のコッキング音を響かせた。
「……一体、何が起こってるんだ。」
ソフィアの困惑した声色を聞き、テツが言葉をかける。
「どうしたの、ソフィア。」
ソフィア以外はてんで状況を理解できていなかった。
「匂いだ。獣人の匂いがする。」
「獣人…?」
テツは辺り警戒し続ける。しかしダンジョンは俺たちの死角から唐突に牙を向いた。
『上だ!』
リザはそう叫び、短剣を頭上へ構えた。ソフィアの視線の先、俺もその匂いの正体と視線を交わす。それは全身を白い体毛で包んだ。ゴリラのようなオークのような、ドデカい巨人であった。
「……ダニーだ。あ、あれは、…20層以降に居る筈のイエティだよ。」
メセナも困惑した表情を浮かべた。そいつは天井に貼り付くようにしがみ付き、赤い眼を光らせながらジッとこちらを見つめている。
「テツ。向かってきたら躊躇なく撃て。」
ソフィアはそう命令し、メセナに隊を先導させるよう、指で誘導した。天井にも掴まれるイエティと、少ない足場で隊列を成す俺たち。状況は圧倒的に不利である。
「ゆっくり進め。ナナシは前衛を警戒、テツは真ん中で全員をカバーしろ。それと、これから先は一瞬たりとも気を抜くな。他にもいるかもしれない。」
「行こう。」
メセナはゆっくりと隊を引っ張るように進み始める。
「無法地帯だと思った方が良いね。ああいうイレギュラーなモンスターがいるとダンジョンの秩序が崩壊するんだ。モンスターたちが敷く暗黙の了解が破られ、敵も味方も全てが神経質になる。でもこんなの、滅多に起こることじゃない。」
そう言って4歩、5歩。歩き、細道の突き当りを曲がった所で、今度はメセナが歩みを止めた。
「や、やあ。……機嫌はどうだい?」
メセナは仁王立ちするダニーに遮られていた。
「は、はは……。かわいいペッドだね…。斜塔白狼って言うんだナナシ……。ここの固有種。」
「メセ、……ナ、・・・?!」
メセナは困ったように笑っていた。
「――全員走れェ!!」
瞬間、ソフィアは叫び。頭上にいた初めのダニーは爪とヨダレまみれの牙を剝き出しにしながら、自由落下の勢いままに向かってくる。
「リザ!!」
俺はプーカのリュックの後方にいたリザに声を掛ける。彼女は既にバースで仕入れた剣を取り出し、俺に投げつけた。
「進むぞメセナ!!」
状況は後退した方が楽そうでは有るが、賽は既に投げられている。動きを統一する為には倒して進むしか無い。
「こっちも渋滞だっての!!」
メセナは杖を取り出し、同タイミングでテツは後方のダニーへ狙撃する。隠密作戦用サプレッサー付き単発ライフル。裏目に出たな、既に囲まれている。
『――鴉!!』
一振りされたメセナの杖からは、白カラスの形を成した魔力が飛ぶようにダニーへ直撃した。{白魔法系基礎魔術・パシカル}杖から出される一般的な魔法では有るが、メセナのそれは遥かに威力の高いものであった。その破壊力の前にダニーは吹き飛ぶように崖へと転落していく。
「すげぇ……。」
「――偶々(たまたま)だ。行くぞ!!」
メセナは低出力のパシカルを無詠唱で放ち、目の前の脅威を排除しながら押し進むように走っていく。一方俺はアルクを背負いながら、渡された剣を一振りもすること無く追従していく。後方、ソフィアの方は苦戦気味だ。近距離戦で防戦を迫られている感じが有る。しかしそれほどまでに、後ろのダニーの動きも激しく、振り切れずにいた。そしてテツも一向にカバーを狙えない状況が続く。
「メセナ下だ!!」
俺の視界に移ったのは落した筈のダニーであった。斜め後方、断崖絶壁の奈落から猛烈な速度で這い上がってくる。
「ゴキブリかよ!!」
メセナはそう言いながら{魔弾}と呼ばれる単純な球体状の白魔法を前方の岩へと放った。そしてすかさず魔法をかけ、砕けた岩をフワっと宙に浮かばせる。
「ほらよ!」
質量と同時に、その物体に魔素が多く含まれているかも、単純浮遊魔法においては重要な要素となる。メセナは地面付近に点在する岩の突き出した角であったり、石で有ったりを浮かばし、壁に貼り付くように登り迫るダニーに対し、ふるい落とすように岩石をぶつける。ダニーは岩石を顔にぶつけられ一瞬間怯み、その後は全て器用にも、登りながら左手で掃っていく。
「ら、埒が明かない……‼――アルク君、同じことが出来るか!?」
メセナは走りながら振り返りそう聞いた。
「す、少しだけなら!!」
そう返すとアルクは杖を取り出し、ゆらゆらとさせながら震わした声でモゴモゴと何かを唱え始める。
「ワ・レンカイナ・イタクリキンテナム……」
「え、詠唱すんの!?」
「――うるさいなぁ!!」
崖下の白毛のイエティは鬼のような形相で、素早く手足を動かし目前まで迫り来る。
「我が望みに答えよ・我が言葉を捧げん力……我が意志のままに!!」
アルクの詠唱に応えるように、転がった石の一つが浮かび上がり、ダニー目掛けて飛んで行った。あんだけ長い詠唱で、たった一つだけ。。。
「お前それ適当だろ!」
「これが全力で、限界だよッ!!」
それを見たメセナは両手の指を合わせ、
「上等だ!!」
一瞬間飛び上がりながら振り返り、俺の知らない魔法を唱えた。
『――天空の息吹!!』
白いベールに包まれたメセナの魔法がいま、発露する。