㉘『剥離、第十七層。~The Seventeenth Layer ~』
「何だそれソフィア。」
煤の付いたソフィアが、何やら鎖で繋がれた金属をジャラジャラと言わせて近付いてくる。
「ん、あぁ。……コレは、メセナへのプレゼントだ。」
「――随分不謹慎なプレゼントだな。」
それを受け取りながら、メセナはそれらをポーチへとしまった。
「今のは認識板だよ。正式にギルドから認定レベルを付けられれば、証拠品としてタグが貰える。君らが今しがた付けていた腕章と同じものだ。」
「遺品か。」
「確定したわけじゃないけど、そうだろうね。東陵ルートは、たった一つのアクシデントで命が散っていく。綱渡りなのさ。」
メセナは複雑な表情をしながら、ポーチを閉じる。タグの名前からは目を背けていたようだった。
「知り合いだったのか?」
「こんな所まで来れる人間に知らない者はいないさ。だからいつも、地上に帰るまで見ない。」
「……そうか。」
このダンジョンで、死人に触れたのは初めてだった。どのダンジョンでも起り得ることだとは言え、明日は我が身だ。往々に。
「行こう。」
メセナはゆっくりと、ソフィアはツカツカと、それぞれの調子でキャラバンへと戻って行った。
―――――――
{第17層・剥離の岩盤}
灰色の地面に赤い鉱石が点在している場所。何よりも特徴的なのは天井高。キャラバンの屋上から背伸びをすれば届いてしまいそうだ。
「19層までは岩盤の中にある地底世界を通っていく。まぁ、ここは足場が狭く崩れやすいから、16層の東陵ルートみたいに巨大生物がウジャウジャ襲ってくるって訳じゃないけど。段差が多くてクライミングするような場所も有るから、キャラバンだと時間かかるかも。」
キャラバンはそこで止まり、殺風景な大地にポッカリと開いた大きな穴を覗く。横から見た今立っているこの大地は、まるで何枚ものダンボールを重ねたような、薄っぺらくて鋭利で灰色の岩が成す、無数の層であった。
「地面にツルハシでも当てれば、ぺらッと岩が剝がれるんだ。そういった薄くて脆い板の集合体が、この層の主な要素となっている。地底では貴重な鉱石も採れるから、金儲けしたなら第17層から第19層はベストプレイスだね。」
「ウハウハだな。」
「ウハウハだね。でも主要な足場の側面が刃物みたいに鋭いから、余計な怪我を負うこともあるよ。特に接敵中、蛇とか蜥蜴とかサソリだとか、認識が遅れてしまうような小動物に出合い、焦って滑落、頭を打ち付けるか、身体中に裂傷を負って死亡。よくあることだよ。ベテランでもね。」
つまりアップダウンが激しくなってくる訳か。クライミングもすることになるかなぁ。
「一応キャラバンで通れそうなルートも有る。」
「えぇ、何それ!?」
ソフィアの発言に真っ先に驚きを見せたのはメセナだった。
「外壁のスロープを……」
「うっわ、最悪。」
そして真っ先にメセナが嫌な顔をした。
「あそこは時間かかるし、ここら一帯の強いモンスターはみんなあそこに集まってるんだ。ギルドも他にルートが有るからって管理しないし。ソフィアだって戦いずらいだろ。あと、まず、絶対に日が暮れる。私はてっきりこのルートを通るものだと思っていたんだけど……」
「あぁ、ハイハイハイハイ。じゃあどうするナナシ。キャラバンは間違いなく傷付くけど、強行突破するか?まぁこっちでも行けなくは無いんだ。」
ソフィアは腰に手を当て困ったような顔をする。メセナは手のひらをスリスリと合わせて念じ始めた。まぁどうもこうも、こういう時は仕方が無い。俺はちらりと運転席にいるリザの顔を見た。
「嫌だ。」
その目配せを見たプーカは、苦虫を嚙み潰したような顔をしてそう言った。
「他に無い。」
俺がそう言うのと同時に、リザはフロントの扉を開け、何度かの操作を経て甲板部へ運転席をせり出させた。外ではよく見る光景だ。魔法で作り出すホログラムの馬を映し出し、馬賊や盗賊に狙われないよう、ただの馬車に偽造する。それでも襲われることは多いが、通常時のキャラバンを見せるよりかは断然マシになってくる。そして、今回これをやる意味は、中に人を入れない為だ。
「全員いるか~?」
気怠そうな声でリザが聞いた。客二人に捕虜一人と他4人。リザは頷いて「よぉし」と声を漏らし、運転席の横に設置された木の台へ、自身の手を置いた。
「ターノフ」
そして唱える言葉。これは車のキーに値し、次にキャラバンへ要件を伝える。
「フォーム・ポケット」
聞こえない場所で猫が了承する。その言葉は『ノアズ・アーク』このキャラバンの名前である。
「うわぉ!――何が起っちゃうんだい{ユーブサテラ}!!」
メセナは騒ぐ。だが別に、大したことじゃない。このダンジョンを攻略するための、最善となる姿へ、キャラバンが適応するだけである。