㉕『炎獄、第十六層。~The Sixteenth Layer ~』
「指定階層主・炎蜥蜴竜は私が倒す。雑魚の注目は東陵ルートに集めるから、お前らは西陵から食材採集でもしながら来てくれ。」
――メセナが言っていた、赤炭の木の唐辛子茸ってやつか。
「大丈夫なのか?」
「ん?あぁ。いくら楽に来れたとは言え、腕が鈍っても仕方ねえしな。」
そう言ってソフィアは肩をグルグルと回し、腰の短剣に触れて屋上へと登っていった。
「……俺も手伝う。」
「止めておきたまえ。」
俺の言葉をメセナが制止した。
「足手纏いになるだけさ。ここでは、な。」
「でも強いんだろ、ここのモンスターは?」
メセナはコクリと頷くと、キッチンで紅茶をカップに淹れ、優雅に助手席へ座った。
「まぁそれでも見ていたまえよ。屋上にいるソフィア=ラインズは斜塔街で唯一、単独で30層を突破した極めて優秀なシーカーだ。それよりも私らは、このキャラバンに付けたクニシャラの匂いに便乗して、敵の少ない西陵ルートからゆっくりと北上、第17層に続く壁内スロープまでを目指そう。」
「そこ左」と言ってメセナが指示を出した方向にリザは舵を切った。同タイミングで屋上からトンッと、ソフィアの飛び降りた音がした。
「さてと。」
そう言ってメセナは、自身の荷物から大きな袋を取り出し、すかさず窓の外へ投げた。
「なんだ今の、というか、いつクニシャラの匂いなんて付けたんだよ?」
「な~に、さっき自分で塗りたくっていただろ。それと、今のは乾燥させた大蜘蛛200匹だ。モンスターの好きな甘い匂いのパウダーを振りかけたやつ。」
それから彼は杖を取り出し袋を浮遊させ、キャラバンと並走させながらクルクルと回した。すかさず袋は風船のように膨らんでいき、キャラバンを凌ぐほどの大きさにまで膨れ上がった。
「あそこにしよう……。」
そしてメセナは杖を一振りし、マグマが滞留したような赤い炎の湖に巨大な袋を投げ入れた。一方、ソフィアの影は対岸で徐々に小さくなっていく。
「西陵ルートの方が背の高い植物が多いんだ。この地獄のような場所に適応した赤黒い植物なんだけどね。」
何事も無かったかのように、メセナは話を始めた。
「一部は炭のように変色し、また一部は炎のように真っ赤に染まり、燃えにくい黒い葉っぱを付けて木の実を落とす。」
燃え盛る湖に投げられた袋は、その湖上で制止し、ポコポコと震えている。
「そしてそんな植物の中には、第12層の焼死炭に菌をつけて育とうとする奴もいるわけだ。それが俗に言う赤炭の木、彼らは木になると唐辛子茸というキノコを生み出す。そしてめっちゃ美味い。」
そして時が満ちたように、限界まで膨らんだ袋は――パァンっ!!と、大きな音を立てて破裂し、その袋は湖畔目掛けて花火のように、膨らんだ大蜘蛛を拡散させた。
『――うっわぁ!!!!!!!』
メセナは大声で驚きながら、身を仰け反らせて湖の方を見た。
「自分でやっといて驚くなよ……。」
そして、破裂した蜘蛛目掛け、蜥蜴の様な生き物は狂ったように走っていく。音に反応したのか、匂いに釣られたのか、はたまた破裂した物体に惹かれたのか、理由は定かでは無いが、眼前、通ろうとしていた森の中から、大型のモンスターは一目散に消えていった。
「い、いや。失礼。そろそろ降りても大丈夫かな。キャラバンから離れないように、山菜類を集めようじゃないか……。」
―――――――
{第16層・火竜の巣窟『西陵ルート・玄紅の森の外周』
「キノコ有ったァ!!」
プーカが叫ぶと、メセナは「毒だよ。」と言って捨てた。俺たちはゆっくりと湖畔の森を進むキャラバンの近くを歩きながら、食べれそうな食料を集めていた。対岸の東陵ルートはまるで火事だ。こちらとは違い平地で有りながら、火災旋風を巻き上げている地獄絵図である。
「あそこに炎蜥蜴竜が居るのか……。」
「いいや、ネストの由来となった場所はもちょっと奥だよ。西陵と東陵が合流して湖が終わると、巨大なアリの巣に岩が投げ込まれたような地形が出てくる。そこが第16層由来となったネスト。」
メセナは淡々と話すが、先に聞くべきことが有った。
「さっきのは何だ。一体。」
その言葉に、メセナは思い出したかのように笑う。
「あっあ~、アレはねぇ、乾燥させた蜘蛛を入れた袋の表面に油をしこたま塗ってあった物なんだ。あの膨張していた袋にはねぇ、熱で破れにくくなるような、私の白魔法でのコーティングが施してある。そしてあの蜘蛛の外殻皮はとても固い。ただ持ち運びには乾燥させて萎んだやつが良かった。スペースを取らないからね、しかしそれはとても固くて小さく地味だ。だからサラマンダーたちモンスターに美味しく食べてもらえるように、それと湖にエサが沈まないようにするために、私は考えたのでした。」
メセナは手を叩いて、笑顔で「チャンチャン」と言った。背が低いせいか精神年齢が崩壊しているせいか、子供に見える。
「――いや、終わんな。」
「じゃあ何をしたと思う?」
俺は与えられたシンキングタイムに、湖で蜘蛛だったものを貪り食う火竜の群れを見つめた。あの中にはパプーと呼ばれる蛾の鱗粉が含まれており、生き物たちはクニシャラの匂いを嫌うようになる。しかし蜘蛛だったものは遠目で見ても分かるほどに膨れ上がっており、白いスポンジのようにも見えた。袋の表面にはしこたま油……。
「炒ったの?」
「へ?」
「いやだから、炒めたのかって。」
その言葉にメセナは「あぁ~」と頷いた。
「大正解。ずばりそういうことだね。」
なるほど、そんなことも出来たのか、あの乾燥蜘蛛は。
「ポップコーンにしたのか……。」
「――ポップコーン!?」
プーカがおもむろに振り向いて叫んだ。
「そう。鎧のように堅くなった外皮を持つこのダンジョンの大蜘蛛は、炒るとスナック菓子のように膨れ上がることが分かっていた。そこで今回の作戦を思いついたんだ。」
「ゴンドラに次ぐ革命だな。」
「間違いないね。」
――ここの冒険者は、食への探求心と熱意が、ダンジョンに挑むそれと同じくらいに高い。
「ダンジョン飯の研究量、尋常じゃないな。」
「その理由も後に分かるさ。」
「はぁ。」
メセナは言葉に含みを持たせ、また腰を屈めた。
「出た、キノコォ!!」
今度のプーカの声に、メセナは同じくらいの声量を上げた。
「うっわぁ、黒炭木耳だよ!!それも超デカい!ナニこれ、ヤッバい!!」
一方対岸では人影は無く、火炎放射器が荒れ狂って暴発しているように、炎の柱が天に向かって暴れまわっていた。
「ナニあれ。ヤッバぃ……。」
あの中に、生きた人間が居るのか……。