㉔残す
「――全員不正解だ。」
そう端を発し、ソフィアは欠けたルナ・クレイモアの刃先を持ちながら、出揃った説らを一蹴した。
「まずそもそも、この剣は普通だと分からなくちゃいけない。そうだな、……リザ、これは何だ?」
それからソフィアは、運転中のリザの前に切っ先をよこすと、それを見たリザは「鉄だ。」と答える。
「他には?」
「他には何も無い。見た感じだと不純物を排除した、ただの鉄剣の切っ先。」
「その通りだ。」
ソフィアは続ける。
「いいか、これが前提条件だ。故にメセナの説は潰れる。」
「――えぇ!?どうしてだい?」
驚愕するメセナの声を聴き、ソフィアは呆れた様に溜息を吐いて応えた。
「これだから……、百足団子の甲殻はただの鉄剣なんかじゃ切れないんだよ。この剣の刃は元々切れ味が鋭い訳じゃない。叩き潰すタイプの剣だ。用途は例えるならハンマーに近い。この程度の剣で切れたら意味無いだろあんな甲殻。外敵から身を守るに及ばない。そして事実、ナナシは仮にも甲殻を切った。」
「はぁ…」
落胆するメセナとは裏腹に、アルクがエヘンと笑った。
「ほらね、じゃあやっぱり魔法が掛かっていたんだ!」
「――それも違う。」
ソフィアはアルクの声をピシャリと止め、指パッチンで親指に火を乗せた。
「事前に魔法が掛かっていたら、そこにいる一流魔導士様が気付かないはずが無いだろ。仮にもマスターシーカーライセンスの、魔法が主体の探索家が、あの甲殻を破るほどのエンチャントに気付かない。……"はず"が無いだろ。」
メセナの顔を見ると、彼はエヘヘと笑い「まぁねー」と声を漏らした。
「だが事実、持ち出したばかりのルナ=クレイモアには魔法が掛かっていなかった。そしてもう一つの事実、ナナシは魔法が使えない。ではどうしてこうなった。消去法で考えてみれば一応の答えは出る。――"指輪の効果"だ。」
俺はふと、親指にはめた指輪を見た。何も変化は無い。しかし、確かに身に着けていた。
「おおよそ、最初の一撃で魔力の効果が切れたんだろ。そういうのは魔素を溜めてから使うものだ。なんせナナシは魔力を送れない、それなら効果は続かない。」
それからソフィアは、感心したようなリザの肩をポンと撫でた。
「いいかいリザ。私はソロだからこういうことも出来ているが、本来なら技術者である君の役目に成って来るんだろう。見た感じオーパーツも上手く扱えているみたいだし、私は専門じゃないから君には及ばないかも知れないが、オーパーツには売ってしまって良いようなものと、そうではない物が必ず存在する。そしてこの先、冒険者を続けていれば自ずとそれに出会うはずだ。そういった悪い価値を持つ未知の物に対峙した時の為に、いち早く解明する力や癖を身に付けておくと良い。それが恐らく、かの黄金の七人隊で、技術者が存在した意義だろうからね。」
ソフィアはソロシーカーだが、その実態は複数人行動をただ否定しているという訳では無いらしい。きっとソフィアは全てを考慮している。シーカーの歴史も、背景も、功績も。きっと考えた上で、ラインズ家が目指した究極に辿り着こうと試みている。たった数日の付き合いだが、彼女の果てしない研究量と努力量が垣間見える。しかし、このダンジョンはそんな人間をも跳ね除け続けた。そういう人を見て来て、そういう場所に立つと、時々思う。ここは魔境だ。
「そろそろ16層だ。」
「おもむろにソフィアは立ち上がる。鍋の食材はメセナと誰かに任せるよ、きっとリザも楽に進みたいだろうし、そろそろ私が戦っても良い。」
「任せるって……」
―――――――
第16層は巣窟と呼ばれる危険地帯だ。第15層のC4が作られた理由もキリが良いからという訳では無い。サラマンダーの繁殖と浸食を防ぐため、その最前線の塹壕こそC4であったはずだ。最善策と安全を考慮すれば、この先の敵はよりいっそ協力して倒すべきだ。
「言葉のまんまだ、指定階層主・炎蜥蜴竜は私が倒す。」
煌々としたオレンジが薄暗く陰っていく深淵、緩やかな炭の傾斜を進んだ先、炎の河の終着する池に、あるいはそれらを代表する大きな湖に、そいつらの影は蠢いていた。ここからでは小さく見えるが、巨大ワニよりも遥かにデカい蜥蜴のような何か。上空にはおこぼれを貰うように火を吹くコウモリ、クッキリみえる百足団子のトラバサミ、地中から抉り出された、その横たわる死体。そんな奴らを統べる主は未だに姿を隠していた。