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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第22譚{斜塔のダンジョン 中層}
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㉑中層の罠


「フランメ河とその支流のせいで安全なルートは限られてくる。自ずと進む場所が定まってこれば、そこには必然、獣道トレイルが出来る。そしてソフィアは昔から、安全なトレイルを探すのが上手かった。」


 助手席のソフィアはリザと話し合い、キャラバンの進路を決めていた。本来ならテツの役回りではあるが、敵の数が多いのか今回はかつてない程に忙しそうだ。加えて、進む場所が開けていれば鐘の斥候兵スカウトベルの反響も機能しない。つまり現状、ソフィア様様である。


「テツちゃんが護衛を名乗るべきだな、このクランは。」


 メセナがまた毒を吐いた。これは慢心だな。


「平和が一番なんだよ、俺が動く時は敵に近づかれたって状況だ。来ない方が良いの。」


「物は言いようだが、それもそうだな。」


 暇である。マーヤは器用にも座りながら眠り、アルクは死焼炭を虫眼鏡で観察、プーカは自室で猫と戯れている。一方俺とメセナは欠伸を挟みながら途切れ途切れに会話を続けていた。お互い話す内容には困らなかったが、ダンジョンに居るとは思えないほど気が緩んでいた。


「おーい、メセナ。変われ。」


 それを見たソフィアは後ろを振り返り、自席を指差して「来い」とジェスチャーを入れた。


「えぇ~、私は向いて無いよぉ、やったことないよキャラバンの誘導なんて、君の方が先輩じゃないかぁソフィア。」


「二時間くらいな。いいから変われ、私は少し指輪を見たい。」


 そう言ってソフィアは立ち上がり、メセナは渋々と言った表情で助手席に座った。しかし思いの外座った後の口調は陽気であった。


「うっわぁ、急に世界が開いた気分だ。ずるいぞソフィアは、ここは特等席じゃないか。」


 外では溶岩が破裂し、灰や炭が崩れ、その音から迫力までが前の二席では鮮明だった。そこは幾度も座ったことが有るが、屋上に居る時とは違い、視点が少し低くくなることで、下方向へ吸い込まれていく地面を間近に見る迫力がより増して感じる場所だった。だから今のメセナの感動は凄く良く分かる。


「やはり小休止は、コーヒーです……。」


 ソフィアはそう呟きながらコーヒーを淹れ、俺の間に座った。何とも似ているようで対照的でもある二人だ。同じマスターシーカーで幼馴染であり、クランの長でありながら、ソフィアはソロでダンジョンに挑み、メセナはパーティーで、かつ、今日までフリーダムの躍進を支えてきた。そんなソフィアは俺の指にはめられた指輪をジッと見つめて、コーヒーを一口飲んだ。


「ゲぇ、ブラック飲んでるよあいつ。」


 メセナは後ろを振り返り茶々を入れた。


「黙ってろ舌バカ。ガイドに集中しろ。」


 そう言ってソフィアはまた一口飲み、手のひらを差し出した。


「ん。」


「はぁ……」


 俺はその意味を悟り、指輪を外して手に置いた。


「失くすなよ?」


「私を何だと思っているんだ。」


「――ミックの妹。」


 淡々とそう返すと、ソフィアは口に含んだコーヒーを「ぷはッ」といわせ、カップとテーブルの上に吐き戻した。


「うっわ。な、何してんだよ。」


「ク、カカカッ、ハハハw――は、初めてだ、ネガティブな意味で、そう言われたのはww」


 ソフィアは震えた手でカップを置いて、腹を抱えて笑った。俺はすかさず零れたコーヒーをクロスで拭いていく。こういう時は紅茶万歳だ。コーヒーはシミになる。


「それは気の毒だな、周りが。」


「あぁw全くだよ。私の知ってる姉は変人でしかないからな、いやはや、街外の人間の正常な意見が聞けて満足この上ない。斜塔街の人間なんて一辺倒な評価しかしないからな。」


 その言葉にメセナがまた振り向いた。


「ミックさんは偉大だろうが。」


「お前らは別視点でのミックを知らない。そしてお前が見るべきは前方だけだメセナ。」


 それからソフィアは指輪を観察しだす。


「姉も結局はパーティーを選んだ。それが悪いことだとは思わなかったが、私を姉と比べるのは御門違いにもほどが有る。だってそうだろ?私はソロだ。怪我を治せる、物を一人で運ぶ、一人で選択し、一人で開拓する。遺物だってそうだ。私が価値を見定めている。」


「分かるのか?」


「多少はな、ラインズというクランは名前の通り血盟だ。絆を何よりも意識し、代々ソロシーカーとしての技術力を叩き込まれる。」


「絆が重要なのに、ソロなのか。」


「重要だからこそ、ソロなのさ。自分の為に人が死なない。人の為に自分が死なない。ラインズが求める絆はいつだってフラットなものだ。借りた恩は必ず返し、与えた恩は水に流すものと初めから腹を括る。仲間が大事だからこそ自立を重んじてきた。しかしミックはどうだナナシ。あんな自己中モンスター珍しいくらいだろ?」


 ソフィアは指輪を眺めながら話を続ける。


「ラインズ家としては俄然、正統派なのは私だ。私はラインズを信じてきた。祖先ラインズに従い、この斜塔ダンジョンだけを求め、斜塔ダンジョンだけを想ってきた。つまりラインズというクランが作り出した至宝こそ私自身だと、私は思っている。……それなのに、往々にしてミックの評価は私を超えてきた。」


「周りなんて気にするもんじゃ無いだろ。」


「気にするものでなかったとしても、気になってしまうのが周囲と言う奴さナナシ。まぁこれは私のポリシーで、謂わば格好付けで、縛りのようなものであるから、別段、周りを気にしているわけでもな無いんだけどもね。ソロで上手く行かなきゃそれも自業自得さ。……それと、指輪これはオーパーツじゃない。そして、何だろうね。単一の魔法で構成されながら、用途として幾つかの複雑な術式に派生するように出来ている。すなわち、使い方が幾つかある指輪モノだ。恐らくは…、五つ……、或いは六つ……か。外観だけで言えば、何処の国の特徴にも似ていない。オーダーメイド的、かつ何かが合成されて完成したもの。」


 ソフィアは不思議そうな顔でそう言った。ソロのマスターシーカーなんて珍しいことこの上ないが、その肩書は伊達じゃないらしい。なんせ彼女が指輪を観察した時間など、ほんの数十秒である。


「――でも、魔法が使えなきゃ意味無いんだろ。」


 不貞腐れたように言ってやると、ソフィアはふふっと笑い、指輪を丁寧に返してきた。


「さぁな、分からん。」


 俺は返された指輪を薬指にはめた。


「ふーん。薬指ね?」


 ソフィアは目を細めて、ニヤニヤしながら言った。全く面倒くさい。メセナみたいだ。


「何処なら良いんだよ。」


「私なら中指かな。インスピレーションが湧くと言われている。それに魔導士が着ける時は、基本中指に着けろと教わるね。魔法が撃ちやすい。」


「だから関係無えっての……」


 そうぼやいた刹那、助手席のメセナが「あっ!」と声を漏らした。


「――退けリザちゃん!」


 メセナの指示より先にも、キャラバンはガクッと体制を崩し、地面に飲み込まれるように傾いた。


「あっ、やっぱ進め!抜け出さなきゃ!!」


「――どっちだよ!!」


 リザはアクセルを踏み込むがタイヤは空転したような音を上げる。


「なんだ!?」


 突然のアクシデントに驚きながら、俺はフロントガラスの先に有る光景を目にした。足である。とても巨大で細くて長い虫の足。それが百本は有りそうな勢いで腹に生えている。


「うっわ、メセナお前、やりやがったな!?」


 冒険者、取り分けダンジョン探索者において導き手トレイルリーダーが必要な理由の一つに接敵の回避率が挙げられる。詰まるところ獣道を利用する生物は、通行人だけでは無いということだ。そしてここに一つ、獣道を利用せんとする"捕食者"が俺たちの行く手を塞いだ。それはまるでトラバサミのような、策略的に悪意のある挙動だった。


「うっわぁ、キメェ!!!!!!」


 リザは叫びながらハンドルを離し、身体を後方へ逸らした。


「――{ヒャクソクダンゴ}だ、生身で踏んだら普通は死ぬやつ。」


 ソフィアは焦った表情で立ち上がる。見上げる前方、フロントガラスには粘性の毒液がたっぷりと飛び散っていた。







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