⑲層測器
このダンジョンに来て学んだことは、層を隔てる天井は床や、外壁よりも脆いという事だ。俺たちは第12層の中央にポッカリと空いた穴に入り、接続する第13層に積み上げられた木炭の山を丁寧に下っていた。
{第十三層・『煉獄の泉』}
「ここは、ここから第16層まで流れているフランメ河の起点だよ。幾つもの炭や獣の死体で出来た黒い山の中で、燃焼する油の様な液体が絶えず生成され、合流し流れている。この山はその中でも最大級のもので、冒険者たちの目印になるよう『大コール山』という名前が付けられている。それと文献なんかを見ていたら既知の事柄かも知れないが、無闇に外で呼吸していると酸欠に陥ったり中毒を起こしたりするから注意が必要だよ。」
メセナによれば、一回目でこの深度まで潜る冒険者は早々にいないらしい。理由の一つとして挙げられるのは空気中の魔素量が低下すること。これは高所に登った際に酸素が薄まる状況に似ていて、この世界の人間がそういった場所に立ち入る時には、慣らしという過程が必要になって来る。その例外は魔素量の変化に慣れている冒険者と、普段からあまり魔法を使わない俺たちのような人間だ。どちらにも当てはまらない新米は第10層のC3で、身体を慣らさなくてはならない。
「まぁ、その懸念もこのキャラバンにいれば無意味なものに終わりそうだけれどね。」
俺たちは屋上に続くハッチを閉め船内へ戻った。そしてその後、テツの居る狙撃場を除いて、このキャラバンは外部からの空気の一切を遮断する。この状態なら水滴一つ漏らすことは無いだろう。水の上にさえ浮かぶことも或いは可能かもしれない。やったことないけど。
「そうだ。」
何かを思い出したかのように、助手席にもたれ掛かっていたソフィアは後ろを振り返り、自分の荷物をまさぐった。
「どこかな…、っと。……あった。――お前らにコレを渡しておく。」
――?
ソフィアはそう言って、ひし形の懐中時計のようなものを俺に手渡した。
「見ない形の……、深度計か?l
合計36個の数字を持ち、長針を一つ、時計の中に更に小さな時計が二つ。左は値が10,000まで有り、右は1,000まで記されていた。
「ほぼ、正解。ただ普通の深度計とは少し違う。」
俺が手渡された計測器を見つめていると、メセナは後ろから手を伸ばし、それを握って自分の方へ向けた。
「層測器だね。魔素量やその圧力、空間の微妙な差異を感知して、今現在居るであろう層を計測するものだ。斜塔街ギルドの研究の賜物だね。ただコレは誰かにポンポンと渡せるようなものじゃない。とても貴重なもの、それも深層に挑む資格の有る人間にだけ渡される最上級の層測器だ。」
「私のだ。」
ソフィアはまた助手席に戻り、そう言った。
「君…、のか。」
「メセナは自分のが有るだろ、私は二つ持ってるからな。」
「お父様の分?」
「そう。」
ソフィアはぐしゃぐしゃに潰れた煙草の箱に触れながら、言葉を返す。
「必要無いかもしれないが、念の為だ。そいつはある場所から進むためのカギにもなってる。オリジナルのカギは一つしかないが、私らみたいな上級者には利便性のあるレプリカとして配られるのさ。」
その言葉を聞いてメセナは眉をひそめた。
「お父様のを渡せば良いじゃないか。」
「知ってるだろメセナ、これは形見だ。それに、壊れているかもしれないものをナナシたちには渡せない。」
俺はソフィアから渡されたひし形の層測器に触れた。その針は13と14の間を刺している。こちらが壊れているということは無さそうだった。
「……ある場所って?」
俺の言葉にソフィア笑う。
「然るべき時が来たら、そこのバスガイドみたいに教えてあげるさ。それまではダメだ。行きたくなっちゃうだろ?探索家なら。」
キャラバンの天井からは、テツが敵を撃ち抜くための砲撃音が絶えず響いていた。