⑤テハリボ王国のジオラマ前
『テハリボ歴100年ッ!!記念すべきこの日に、不落のテハリボを落して見せようと息巻いたアレクサンドロスの大軍勢を3枚目の壁を持ってして跳ね除けたのが、この第一次ア=テハリボの戦いッ!!まずアレクサンドロス軍は1枚目の壁をトレビュシェットという兵器で砕こうと謀った、しかぁしッ!!テハリボの誇るこの大壁は特殊な魔鉱石を合成した壁であり、奴らの投石をものともしなかったッ!!これがテハリボが……』
この人は、歴史館の案内人でも国の凄い人でも何でもない。
俺たちが旅人とみるや話しかけてきた一般人のしわっしわの御老体である。
「はは………、おぉ、すごい!!」
話は確かに面白いが、
戦争の大半が圧倒的過ぎる防衛成功譚で飽きてしまう。
中でも面白い話は大抵、
テハリボ王国が追い詰められた時であった。
特に国が陥落しかけた話は、
御老人の興奮度がピークに達し、
顔を真っ赤にしながら鼻息を荒らげて話し込んでくれた。
もはや陥落しても喜ぶんじゃないだろうか。
しかし、大規模な戦闘が有ったのは、
直近では数十年に遡るほど遠い過去の話で、
この国はやはり他国に比べ、長い間平和であった。
『してッ!!あのアイギスが陥落した日より、この国は世界で一番堅牢であるとの称号を得た。つまり世界一ッ!!この国は世界一の盾ッ!!』
――熱い。そして長い。愛が凄いんだろう。あと唾が凄い。凄い飛んでる。
「ねぇナナ~、腹減った~」
『――更にィ、テハリボ歴125年の節目ッ!!!』
「う~ん。」
テハリボ国のジオラマを見ながら、老人は熱弁。
プーカは俺の服を掴みながら「飯飯」叫んでいた。
「あ、ありがとうございます。……野宿の準備も有るので、僕らはもう旅に出ます。」
「――そうかいそうかい、それは残念。気を付けてな旅人さん。」
思った以上に時間は潰れ、
短いようで長いテハリボ王国の滞在が終わった。
――――――――――
キャラバンはテハリボ王国を出国し、
可能な限り距離を離していく。
あの王国の周囲はモンスターが強すぎる為だ。
しかし、陽が沈むまでは2時間といったところか。
あと30分も走らせたら野宿の準備をしなければならない。
「俺たちのキャラバンも、あの国くらい頑丈だったらな~」
俺は窓の外の夕日を見ながら言った。
「冗談言うな。充分頑丈だろう。……それに、あの国よりかは飯が有る。あの国の人間は可哀想な奴らだよ。」
黒猫は髭を揺らし、淡々とそう言った。
「どうだかな。可哀想かどうかは本人たち次第だ。
少なくとも、戦争とは無縁って事実だけに幸せを感じる人もいる。きっとあの国の人達は、貧しくも幸せだったんじゃないのか?」
「ふん。」
「それにみんな、国を攻撃する誰かに対しての共通の敵対意識を持ってた。あぁいうのは人を結束させるんだ。連帯性も協調性も団結意識も生まれる。小さな国だったからか、みんな友達も多そうだったし。お前と違って」
「知るかバカ……。」
フードの中で拗ねて丸まったエルノアの背中を撫でる。
しかしあの国で戦える兵士は多くても300人なのだから、
実際はどうなのだろうか?
――歴史上はそうであったが、本当に不落なのだろうか。
俺はそんな疑問を抱き、
戦争の何たるかを知っていらっしゃる、
我らがクランの技術士リザに質問を投げる。
「リザならあの国を落とせるか? 例えば3000の兵士を持ってたとして~、あの国を攻めるとする。戦力比的には10倍だ。」
そして返って来た答えは、
案外ドライであった。
「簡単だな。」
リザはそう言って溜息を吐く。
「へぇ、そこまで仰る。でも、どうやって? ……兵糧攻めも意味無いぞ?」
俺は隣に座る自信家を更に問い詰めた。
しかしその答えは想像を超えていた。
「ナナシ。あの国は、そもそも堅牢なんかじゃないよ。……落とすに値する報酬が無いんだ。経済的価値も、戦略的価値も。脅威も。逆に言えば、征服すれば300人の奴隷が必要になる。――だって普通は住みたくないだろ、あんな場所。」
「報酬が無かった?」
まぁ、言われてみればそうだ。
あの国はあの国の中でしか活動出来ていなかった。
それに人間誰しもお腹一杯ご飯を食べたいし、
広い場所に住みたいと考えるだろう。
そう例えば、代々受け継がれる強い愛国心や戦争への過度な恐怖が無ければ、
普通はあの国に心を囚われるなんてことは無い。
何故ならあの国に住むだけで、高い防衛維持費という強烈な借金を、
国民全員が背負うことになるから……。
まともな国なら、そんな国を攻める為に兵士の命を賭けたりしない。
「そう。あと奴隷は簡単に国を転覆させ、新国家を容易く樹立できるだろうな。何故なら奴隷の監視人すら足を引きずるコストでしかないから、やはり多くは配備出来ない。
国民は10% すなわち30人でも謀反を起こせば、強烈なストライキになり国に打撃を与えることが出来るし、大義も無く攻め入った国は各国の信用をも失うはず。アクセスも悪いから、人員の補充にすら難儀するだろう。そんなんだからあの長い歴史の中で、初めから誰も真面目に攻めちゃいなかった。」
「はぁ・・・」
――おれはポワっと、感嘆の溜息を吐いてしまう。
「つまり。あの国を落し得るような大国は、不可能だから攻めなかったんじゃない。攻める意味が無いから攻めなかったんだ。中小国規模の「攻めよう」と考えたバカな国は、独裁者の無能が見事に発揮されたか御遊びだったんだろうな。きっとそれが難攻不落を誇るあの小国の真実さ。本気を出されれば簡単に滅ぶ、仮初の平和と自己賛美に溺れた国。」
「……それマジ?」
「多分ね。」
リザは頬杖を付いたまま欠伸をして、
こう言い切った。
「結局強さとは、敵を脅かし得る "攻撃力" のことなのさ――。」