⑬『収集、第八層。~The Yamina Beyer~』
{第八層・『大樹の腹』~クニシャラの畑~}
層を突き破る"大樹"の周りには所々、床だった場所に土が溜まり、植物が芽吹き、いくつもの崖と平野が大きな棚田のように広がっていた。その大樹を懸垂下降するキャラバンから飛び降り、遠くに見えた小さな小屋を訪れたソフィアが、あっという間のスピードでキャラバンへ戻ってきた。物資を持たない身軽なソフィアなら、恐らくは普通に降りた方が速いのだろう。道の無い所には伸縮自在のオーパーツ、命綱を伸ばし、楽々飛び越えてしまう。地形把握も完璧だった。何処に窪みが有り、何処に命綱を引っ掻ければいいのかを完全に理解した動き、まるで庭で遊ぶ子供の様に、ソフィアはおつかいを済まして帰ってきた。
「たでぇーまー。」
「おかえり、ソフィア。じいさんは元気だったかい?またボラれた?」
ソフィアは手元に、何やら植物の入った袋を抱え、助手席の窓からキャラバンに入って来る。
「いいや、深層に行くって言ったら安くしてくれたよ。でもアレで向かってるってキャラバンを見してやったら、永遠に白髭弄ってやんの。内心驚いてたろうなぁ。」
ソフィアは楽しそうに話しながら、立て直した机の上に買ってきた植物を広げた。例えるならそれはゆり根を長芋のように伸ばした形の植物。巨大な根からは茎が伸び、真緑の肉厚な葉っぱと白い花を付けていた。
「なんこれ?」
プーカは部屋の戸から覗き込むように、それを見つめた。
「――クニシャラだ。」
メセナが答える。
「クニシャラ?」
プーカは聞きなれないその名前に、ポカンとした表情を見せた。
「クニシャラは根菜として食べることが出来る、このダンジョンでしか生えない貴重な植物だよ。」
それを聞いたアルクは「売れそう...」と呟いた。
「このクニシャラはこれから先、中層以降では大変重宝することになる。」
「野菜が重宝……。プ、プーカは食べません!!」
焦った顔で、プーカは胸の前に、腕で作った×を出す。
「大丈夫、美味しいから。」
メセナは少し戸惑ったような顔で笑った。しかし、疑問に思う。
「そこまで貴重なのか?食料なら充分積んであるはずだ。」
これでも足りないというなら、この先が恐ろしく思いやられる。
「いいや、そういうことじゃないよ。クニシャラが必要な理由は毒虫だ。」
「――毒虫?」
「あぁ。ギルドの毒虫対策がされていない6層以降、ダンジョンには強力な毒を持つ三つの虫が私らの行く手を妨害する。その毒は別段、即効性の高い致死毒という訳では無いけど、腹を下したり、頭痛とめまいを引き起こして、思考を鈍らせたり、平衡感覚を乱したりする症状が"長期的に"続いていく。とても厄介なものなんだ。その毒を持つのはパプーと呼ばれる毒蛾だけなんだけど、パプーを捕食する蜘蛛と蟻も、同じくパプーの毒を保有した状態になる。そしてパプーの毒を持つ虫は夜中になると光に群がり、そこで興奮したりすると、より強力な毒の鱗粉なり体液なりをまき散らす。これがパプーがより多く発生している7層から9層のダンジョンで、夜に進行が出来ない理由。」
光が毒蛾を集めてしまえば、この美しく穏やかな層に建物が無い理由も納得できる。ここにキャンプ地を設営すれば、冒険者ないし観光客が毒に掛かる可能性が上がり、ダンジョンギルドとしても看過できない問題になってくるという訳か。
「そしてその毒は不幸にも、なんら害を持たない植物までに及び、毒虫が蜜を吸ったり、巣を張ったり、噛み千切ったりされた植物は、パプーの毒に掛かって枯れてしまうんだ。」
メセナは「およよよ」と泣いたふりをしながら悲しんでみせる。
「――しかぁし!ダンジョンの植物たちはたくましかった。パプーの毒は彼らの生存能力を甘く見ていて墓穴を掘ってしまったんだね。パプーが繁殖し始めたころ、このクニシャラという植物はね、パプーの毒を持つ生物が嫌がる匂いを発するようになったんだ。そしてその根にはパプーの毒を打ち消す効能が有ると発見された。クニシャラを中心に、このダンジョンには緑が戻っていったんだね。」
メセナはそう自慢げに話した。
「だから、他の食材の近くにクニシャラを置いておいたり、クニシャラを沢山食べたりして毒耐性を付けようって、斜塔街の冒険者たちは考えたんだね。しかし、光のある所にはクニシャラが有ろうと毒虫は寄ってくるし。強い匂いを身体中に付けなければ、気付かぬうちに毒蜘蛛や毒蟻に刺されてしまうことに変わりはなかった。そこで先人たちは発明したのさ!!」
ダンジョン固有の毒は、そのダンジョンに自生する植物や、抗体を持つヘビなどの生き物から抗生剤を作り出して打ち消すといった話はいたってよく聞く。斜塔街もかつては、そういった努力の歴史が有ったんだな。先人達には感謝だ……。
『闇鍋をねえ!!』
――先人、無能だった……。
「鍋ぇええ!!?」
――バカかお前。
プーカは驚くように声を上げた。その反応を見てメセナはニヤリと笑う。
「そうさ。光を付けない暗い場所でクニシャラの根なり葉なりをひと煮立ち。これが結構イケるんだ。肉厚の葉っぱは白菜の様にダシをよく吸って、クニシャラの根はイモのようなニンニクのような、ホクホクで、クタクタで、独特の優しい甘みと癖になる香りを併せ持つ旨味の塊になる。つまり闇鍋。これぞ、先人たちが生み出した至高のダンジョン飯さ……!!ダンジョンで死ぬ前には食っておきたいよな、ソフィア!」
「……あぁ、もちろん。食わずには死ねないな。」
この街の冒険者は食いしん坊しかいないのか。斜塔街ギルドのレストランでは、やたら料理のレパートリーも多かったし。意外と、グルメな街なのかも知れない。
「そして私たちは考えた。第16層{ネスト}を住処にするレイヤーボスの火竜。奴等のネストに大量の毒蜘蛛を落とし、パプーを取り込ませたところを私たちは悠々と闇鍋をしながら通り過ぎようではないかと。」
本当にコイツはマスターシーカーなのだろうか。
「やったことは?」
「無論無いよ!初出しの計画。だってキャラバンで行かないもん。」
――もん。じゃなくて。
「大丈夫だ。アルデンハイドは滅多にサラマンダーと戦わない。理由は色々あるけど、サラマンダーもアルデンハイドには攻撃しないんだ。だからこのディスアドバンテージは、闇鍋で越えようぞと。というか……、16層に生える赤炭の木の唐辛子茸は、新鮮なままだと、採れたての奴だと、マツタケみたいな香りを出すんだ。アレを使って鍋にしたい。斜塔街の探索史上最高の山賊風のチゲにしたい。本音はコレ。」
――やる気あんのか。
隣ではプーカが、ゴクリと唾を呑んだ。
「いや、もっと正直な話をすれば、20層の氷雪地帯にある山小屋のC5(キャンプ5)でゆっくりと食べたいんだ。あそこ寒いし。っていうか、第16層は鍋を食べるには暑すぎてもう、なんか、辛いよね。もうどうでもいいよあんなトコ。あそこ、食欲湧かないよね~。」
「もう、好きにしてくれ……。」
「――よし、決定ね。」
メセナはしめしめと言った顔で笑った。俺から言質を取ったつもりなのだろう。何か有ったら鍋汁ぶっかけてやるからな……。
「私、豆腐入れよ~っと。」
「――あのぉ…。」
唐突に、今まで黙っていたマーヤが上目遣いで口を開いた。
「私も、いいですかね…?」
その言葉にメセナは、俺たちと出会ってから今までで、一番渋った顔を見せながら言った。流石に、仲間の仇である種族に、恩情は見せないか…。
「鶏肉使うけど、良いの?」
――そこか~。
「はい、大好きです!!」