アルデンハイド百人隊の悲劇 廻
「アルデンハイドは炎のクランだ。君も僕もそう、クランに入るためには高難易度の炎魔法が必修だった。理由は論理的だ。総合力の底上げ、互いを回復し互いの炎を合わせ火力を上げる。炎魔法は自然系の中で最もポピュラーで基礎的な魔法だ。だからアルデンハイドは総合力を持ちながら、個々人でも、高いレベルの人間がよく集まったクランだ。けど、それでも、幹部たちの魔法には誰にも抗えない。」
アムスタは落ち着きを取り戻した様子で淡々と話してくれる。
「それは、どういうことだ?」
「悪い言い方をすれば、洗脳だよ。炎魔法を得意とするものに対して特効の有る洗脳。25層に着いたてゴンドラが開いた時、みんなは驚いていたよ。当たり前だ。10層に着くはずだったゴンドラに乗って、ドアが開けばいきなり戦場だ。しかも25層。下層に理解のある人間ならとりわけ絶望しただろうね。かつてないほど沢山のハーピーが怒り狂いながら飛び回っていたんだから。でもカイルとルカだけは冷静だった。多分知っていたんだろうね。」
アムスタは息を抜くように鼻で笑い、話を続けた。
「そしてルカは白々しくも、こう言ったんだ。『未完成の駅……、誤作動か。とにかく今は援護だ、続け!』ってね。彼らしくない迫真の演技だった。そう見えたのも魔法のせいかもしれないけど、自己防衛の為だか、少しでも力になれると思ったのか、みんなは炎を纏い警戒しながら、空を見上げつつゴンドラの外に出た。そしたら3秒で、あぁだよ。」
アムスタは戦禍のシャングリラを指差す。
「C級炎魔法{闘争の炎粉}。元は初歩的な支援魔法だけど、その効果はS級の洗脳魔法と言っても過言じゃないものだった。きっと極限まで研究したんだろうね。みんなが炎を出した途端、狂戦士の誕生だ。勝てる勝てないじゃない。みんな戦いたくて戦っている。そうさせられている。」
「じゃあ、偶々(たまたま)眠った俺と、それに気付いたお前だけが……。」
「厳密に言えば眠らせたんだ。ゴンドラで杖を触った時、君に魔法を掛けた。君が気付かなかったのはあのゴンドラのせいだ。あの地獄行き揺り籠には初めから高等術式が組まれていたんだよ。認識阻害のね。理由はどうかな……、研究した闘争の炎粉をより強く作用させる為の時間か、それとも発動条件に時間の制約が有ったか、後は外界の音を遮断して、下層までの移動を悟らせない為だとか。」
――ゴンドラの中には既に術式が有った。俺はそれに気付かず、アムスタはそれに気付いていながら乗り込み、尚且つ手を打った。
「君に仕掛ける魔法は何でも良かった。でも出来るだけ簡易で、遅行性が有り、誰にも悟られないようなもの。でも君ったらよっぽど眠かったんだろうね、それとも{闘争の炎粉}で効果が上乗せされたのかな、中々起きなくって。その間に数体と殺し合うハメになった。」
――レイヤーボス数体と戦い、片腕だけで済んだと考えるべきか。それとも俺が居たから。
「すまなかったアムスタ。だが状況は大分飲み込めた。行こう。」
俺はアムスタを担ぎ立ち上がる。
「い...行こうって、何処に?」
「ゴンドラだ。」
「ゴンドラ?」
「そうだ。アムスタ、ここに来てから何分たった?」
「え、15分くらいかな?でも、ゴンドラって一層からの遠隔操作だったじゃないか。中にはこれといった装置は……、」
――知っている。アルデンハイドのゴンドラはダンジョンで知的生物に占領された場合を想定し、籠の中の装置では他の層へは移動できないようになっている。
「いいや。こいつは必ずまた動く。」
俺はゴンドラの近くにある木陰へジリジリと近づき、負傷したアムスタを座らせた。
「そして動き始めたら。手前の扉をぶち壊してロープを掴んで20層に飛び降りる。そのまま1層まで戻ったら消されるかも知れないしな。それにお前を担いでちゃ、そんなに握力は持たない。」
「20層。狙いはC4(キャンプ4)だね?でも、どうしてまた動くって分かるの?」
アムスタと会話をしながら、俺は周りを警戒する。主戦場はあの大城だ。
「既に何人かは死んでるだろ?このまま行けば全滅ペースだ。そしてこれに似た事例が過去に一度だけ有った。それも今回と同じ25層でのトラブルが起因したもの。そして今回俺たちが知ったのは、アルデンハイド側から特定階層主に仕掛けたという事実。つまり俺が幹部なら、この一連の行動と犠牲を活かすのなら、意味を持たせるのなら、リターンを求めるのなら、大義を生み出すのなら……!!」
俺は台風の目へ向けて指を差す。血が舞い、肉が飛び散り、炎と風が衝突し合う舞台の中心地へ、シャングリラの大城へ、
「あそこを奪還する。」
この階層に拠点は未だ、存在しない。
「まさか、テンペストを……」
――嵐の安息城。ハーピーの巣窟であり、陸と海からの絶対防御を誇る大城塞。侵入経路は数少なく。空を制する者以外は侵入が出来ない、すなわち、外敵への攻撃方向が海と地上を渡る全てに及ぶという、世にも奇妙な城塞である。そして長らくの間、到底人類には制圧出来ないとされていたある種の未開拓領域。
「あそこを拠点利用出来れば、街が出来るよ……。革命が起る。」
「アルデンハイドは成し遂げたんだ。第25層までのゴンドラ開通を、しかしハーピーが居れば無論、この駅は永遠に日の目を見ない。気候的にも、地形条件的にも、第25層がゴンドラの限界。それなら、第25層に街を作り、ダンジョン探索の最戦線を作ることが深層探索への最善手。それを効果的にやるための波状攻撃だ。きっと来るさ、城塞を落とす為の、アルデンハイドの百人隊がな……。」
こんな予想は妄想に過ぎない。本当に偶然事故が起きた可能性も捨てきれないし、敵は本当にハーピーだけで、仲間の為に戦うべきかもしれない。しかし、この土壇場で思考の歯車が噛み合い、俺たちが捨て駒であるという拭いきれない可能性から目を背けられない。それにどうだろうか、起きてしまった現実は既に惨たらしい程に非情だ。俺はアムスタの失われた片腕を見ながら、確信的にそう悟った。
「でもゴメン、ケニー...」
アムスタは苦悶の表情で俯き、青白い顔を上げて俺に言った。
「もう…、魔力が限界なんだ。」
ここまで認識を阻害し、俺たちの存在を戦禍より隠していた生命を繋ぐ"陽炎"が、今にも穏やかに途絶えようとしていた。