アルデンハイド百人隊の悲劇 転
「何をやったんだろうね……アルデンハイドは、」
アムスタが見つめる先、ポツリと見える島々と、中央にあり聳え立つように見える巨大な城塞、その周りは大海の如き広さの湖で覆われていた。
「僕らはレベル4だから、来たことは無かったね。この前さ、セントヴァンでもこういうことが有ったらしいよ。気付いたら、戦地。全く偉い冒険者っていうのは、人を困らせるのが……」
上空には目を覆う程のハーピー大群が、アルデンハイドの別動隊へ向けて飛翔していた。
「へへっ、全く……」
『――黙れアムスタ!!』
本当によく喋るやつだ。大きめの外傷は止血されていた。しかしまだ甘い。
「焼くぞ、アムスタ。」
「ん。あぁ……、じゃあ頼もうかな。」
アルデンハイドは火のクランだ。こういう時の為に全員が炎魔法を学び、共有する。俺は手の平を覆う程度の炎を出し、アムスタの失くした右腕部分へ炎を当てがった。
「うぅ……‼」
「耐えろ、耐えただけ痛みは引く。……もう少しだ。もう少し。あと少し。もう直ぐ。頑張れ。もう直ぐッ……」」
「――痛ァい"!!」
アムスタの声で俺の手は止まった。
「大丈夫か!!」
顔色が悪い。恐らく大量出血したんだろう、血が足りてない。しかしそれよりもこの状況が危うい。
「大丈夫だよ……僕らは、――僕らには、『陽炎』を掛けた。」
「認識阻害の魔法か。」
炎系統、かつ、A級。
「うん。やっぱり賢いね、ケニーは、」
俺はアムスタの左腕を肩に掛け、身体を支えながら岩陰の奥に隠れる。
「あんまり喋るな、アムスタ。」
一先ず安全地帯。遠くでは、大城を中心にアルデンハイド数十人対ハーピーの大軍が暴れている。
「まるで、戦争だな。」
俺は岩陰の地面へ手刀で出した炎を吹き掛け腰を下ろした。寄生虫対策や殺菌の為だ。下層域では、座っておにぎりを食うだけで人が死ぬ。過去にもそういった事例が少なくないほどに出ている。
「ここが何処だか分かる?」
「まぁな。」
――文献と写真で見ただけだがハッキリ記憶している。中央には巨大な城、そこを住処とするハーピー。周りを囲む湖にはセイレーン。奴等らは互いを憎み合い戦線である水平線はいつも激しく乱れている。きっと、一度見たら忘れられない場所だと思っていた。正しくそうだった。こんなに美しく、こんなに獰猛な場所は、この世界に2つと無いだろう。
{第25層・理想郷『湖畔の岩陰』(下層域)}
「実は内緒で、何度もここに来たことがあるんだ。第25層シャングリラ、ハーピーとセイレーンは元は同じ種族で安寧の時代が有ったらしい。僕は初めてここに来た時、その光景を想った。平穏で暖かくて凪いでいるこの地を。そして思った。今でも充分、美しい場所じゃないかって。多少の小競り合いはあれど、彼らはこの"失われた水平線"に暗黙の了解を設けていた。威嚇はすれど、牽制はすれど、袂は別れど、不可侵の境界を設けていた。彼らは腐っても同じ種族だった者同士。形は変われど、ここは理想郷で有り続けた。でも、どうかな…ケニー?」
アムスタは右腕を抑えながら彼方を見つめる。俺はその視線を追うように戦禍のシャングリラを見つめた。
『今"日"よ"り"酷"い"日"は"無"い"よ"!!』
痛みに悶えながら、アムスタはその擦れた声を絞り出すように叫んだ。アムスタは泣いていた。痛みの為か、恐怖の為か、俺にはそれが怒りに見えた。いつものアムスタからは想像も出来ないような怒りの形、普段のアムスタを知る者なら怯えているようにも見えるかもしれない、実際にアムスタは震えていた。それでもその眼差しは、強く鋭く彼方を見つめていた。遠くでは絶剣のカイルがハーピーの羽をもいでいる。他の幹部もそうだ。強い奴は飛ぶように戦い羽を集めている。弱い奴は食って落とされる。首を失くした肉塊がハーピーの腕から落とされ、水面が弾ける。水中には血が舞い、湖畔には脂が流れついていた。そんな争いが繰り返される。ハーピーだろうと人間だろうと、水中に落ちたものは、余さずセイレーンに殺されている。引きずり込まれ、噛まれ、捥がれ。蝕まれて死ぬ。叫び声は弱者のものだ。弱者は良く鳴いている。ハーピーだろうと人間だろうと、キィーキィーうるさく鳴いている。
『僕はこんなことをする為に、シーカーになったんじゃない!!』
――シーカー?
『美しい世界を見たかった。色んな文化を見たかった。僕の知らない所で出来た、知らない世界に触れたかった!』
「落ち着けアムスタ!!」
俺は興奮したアムスタを抑える。非力な彼の身体を岩に押し付け、口は腕を回し抱えるように塞いだ。
『――こ こ は 地 獄 か!? ア ル デ ン ハ イ ド!!』
しかし、アムスタの激しさは一向に収まらない。弱い力で有りながら、魔法を開放して必死に強く暴れ続ける。
「落ち着け、落ち着いてくれ、アムスタ!――頼む、アムスタ!!」
完全に癇癪だ。冷静にならない。いや違う。こいつはそういう奴じゃない。いつだって落ち着いて動く奴だった。さっきまでが動揺していたのだ。俺が倒れている間、片腕を失くし、動揺しながら戦況を見ていた。そして冷静になり、冷静になった結果、激しく怒っている。
「阻害魔法はッ……、完璧じゃないッ……、ここで死にたいか、……アムスタ!!」
『ッ・・・・・・!!』
アムスタは身体を震わせながら肩で息をする。
「落ち着けアムスタ、……ここは下層。この先にロクな医療設備は無い。だから俺は、お前を必ず地上に戻す。もちろん俺もだ。地上に帰る。だがその為には、お前の力がいる。」
乱した呼吸を整えるように。アムスタは深く肺に空気を溜める。
「だから教えてくれアムスタ。ここまでに"何が"有った?」
俺の言葉にアムスタは血走らせた眼をそっと閉じて、口元を塞いでいた俺の腕を左手で掴んで解き、ほっと溜息を吐いて口を開けた。
「そうだね。話さなくちゃいけない事が有る。……この地獄に、呑まれてしまう前に。」