表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第21譚{斜塔のダンジョン 上層}
156/307

アルデンハイド百人隊の悲劇 承


{第一層・地下街『凱旋口駅』}


「後続にトラブルがあったようだ。僕は10番隊から出る。とりあえずの指揮権はルカに任せたから、みんなルカの指示に従うように。」


 9番隊隊長のダンテは、9番隊後衛蒼炎位、深淵のルカに指揮権を委譲しその場を後にした。


「トラブルってなんだろうね、十番目に何かあったのかな?」


「さぁな」


 隊長の後継が後衛職の蒼炎。俺からすれば雲行きの怪しい話だが、今回のメンツを踏まえれば、誰であろうと深淵のルカに権限を委譲したはずだ。だが俺が紅炎になれば、カイルの様に隊長の後釜を譲るような真似は絶対にしない。


「小さい話だけどさ、何でカイルさんじゃないんだろうね。蒼炎が先導手をやったら実質前衛じゃんね?」


 アムスタは俺の耳元で声を潜めてそう聞いた。


「知るか。」


 俺は"念の為に"アムスタをいなし会話を止めた。カイルは後頭部で手を組みルカと肩を並べて楽しげに話しているが、聞こえるとマズイ話をこの距離感でするべきじゃない。しかし、ルカに権限が委譲された理由は明白なものだった。絶剣カイル、世界に三人しかいない剣士階級の準最高位{絶剣}の称号を冠するアルデンハイド屈指の武闘派。レベルは深淵のルカと同じく5。純粋な戦闘力だけ見ればルカを遥かに凌駕する人間だろうが、しかし、こいつは底なしのバカだ。


「ねぇねぇそういえばさぁ、絶剣って三人いるの知ってる?」


――しつこい奴だ。


「常識だろ。残りはサテラとアーサーだ、少し黙れアムスタ。」


「わぁーお。ケニーは強いし、頭もいいんだね。」


 無駄口だ。だが無駄口を叩いている間に、俺達は二層へ繋がる凱旋口の真反対にある、ゴンドラの始発駅へ到着した。このゴンドラは元よりダンジョンに存在していた層と層の間にある連絡通路に引かれたもの。斜塔を螺旋状に降下し続け、開拓した安全地帯を通りスイッチバックを繰り返しながら、五層のC2{カラリラ駅}を目指す魔動式の乗り物である。アルデンハイドは得意の資金力を活かし開発を進めてきたが、結果的に多額の運賃を支払い物資と人材を運搬したフェノンズの後押しをする結果となった。全く愚かな話だ。金に眼が眩みメンツが潰されたという訳である。プライドがそんなに大事なら、ゴンドラの独占をし続けておけばよかったものを……。


「――わぁー、スゴイ!みんな僕たちを見てるよケニー。なんだか緊張するね!」


「アムスタ、こういう時は手でも振ってやるんだ。」

 

 アムスタと同じ後衛職の男が、その大きな手を軽く頭上に振った。両岸からはまばらに指笛の音が聞こえる。


 始発駅の周りからは帰還した冒険家たちや貧乏人、訓練所のガキたちが俺たちを覗くように見下ろしていた。人数はまばらだがそれもそのはず、凱旋口駅は初出しの駅だ。昨日の今日で完成し作戦に活用されている。本来なら俺たちがここにいることは知られていない。しかし、少しばかり感慨深い。アルデンハイドの百人隊は斜塔街の一種の名物だ。あの日憧れた、俺を含めた数多の羨望の眼差しの先に有ったあの大隊列。今は俺がその列を成す一人となっている。あの時とは違い10人規模の分隊だが、実にその事実は少しばかり、誇らしくないこともない。


「九番隊、乗れ。」


 ゴンドラに乗る様子は外からでは分からない。そう考えれば、ここから見える計測器のメーターだとか、ゴンドラのロープが深淵に消える境目だとか、剥き出しの歯車やパイプから噴き出すガスだとか、鳴り響く音が迫りくる時の胸の高鳴りだとか、そう言ったものの全てが贅沢に感じられる。俺は決して金持ちの出では無かった。しかし。欲しかったものは手に入れてきた。紛れも無い血の滲む様な努力、暗澹たる道を進み続けた今日までの苦渋の軌跡、そして今度はこの先の絶景が、探索史に残るような偉大な功績が、今の俺には必要なのだ。


「行くぞアムスタ。」


 俺は何気なく、そう声を掛けた。


「ケニー、何だか楽しそう。」


 アムスタの言葉に絶剣のカイルが振り向いて、笑いながら言う。


「オイオイ、ここで楽しめないって奴は、冒険者に向いてねぇぜ?」


 ヘラヘラとしたカイルの調子に、周りも同調して笑った。


「――気を抜くな。」


 深淵のルカが一喝し、ゴンドラは――ガゴンッ!と、けたたましい音を立てながら、グラりと進み始めた。自重の斜め下、左旋回で下っている。感じる。ゴンドラの進み方、その速度。外の見えない密閉されたこの揺り籠に、次に射し込む光は深淵の人工光だ。そしてその先に広がるのはアリの巣のような第10層、根っこが張り巡らされた第11層を抜け、炭が燻る12層、そこを抜ければ13層から16層火竜サラマンダーの生息するネストまで、火炎の海が広がる溶岩地帯だ。だが気を抜けない点はここにある。第15層C3の崩落、事前にアルデンハイドが入手した情報が正しければ俺たちはこの先、20層にあるC4までのロングランを強いられる。


 そして歴代百人隊の生還者率は70%。最低記録を更新した年は、領主一族と一部の幹部を除いた総計113人が死亡、10人が重軽傷を負って帰還した。そして、その十人が今の十傑。隊長を任された幹部となる。


「それにしても、倉庫のゴンドラは使えなかったんですか?」


 唐突に、アムスタが深淵のルカへ言葉を発した。一体コイツは何の話をしているんだ……。


「アレが使えたら百人で移動できるかも、そしたら百人隊って感じでカッコよかったと思うんだけどなぁ~。凱旋の時もさぁ、百人で帰ってさぁ!」


「口を慎め。」


 ルカはアムスタに拘束の魔法を掛け黙らせるが、はらりとそれを解いて擦り抜け、アムスタは陽気に喋る。


「ねぇ、ケニー?」


――俺に振るな。


「おい、黙れアムスタ!……すみません。黙れ、黙れ、いいな?」


 俺はアムスタの頭を掴み、抱えながらゴンドラの端の方へ持って行った。


「俺を巻き込むな、昇進が遅れればお前が……!責任を……!取れんのか……!!」


 小声の域を越えない全力で、俺はアムスタへと怒りを叫んだ。


「……ごめんごめんごめんごめん!!」


 それ以降、ケタケタと笑っていたカイルも口を閉ざし、ゴンドラの中に張り詰めた空気が戻った。深淵のルカはただ一点、ゴンドラの進行方向を見つめながら動かない。そして今が何層のどの辺かも分からなくなった頃に、アムスタが置いていた荷物から自前のロッドを分離し、回して遊び始めた。


「――アムスタ。」


 その挙動にルカが動く。


「杖を触るな。」


「……はい。」


 ガキめ。


 ゴンドラは依然、けたたましい音を鳴らしながら進んでいく。基本的な仕組みはロープウェイのそれだ。レールを敷く方法よりも修復しやすく、コストが安かったことで採用された。ゴンドラが何らかのトラブルで急停止した場合には、ルカの近くにある幾つかのレバーを引き緊急事態エマージェンシーとして扉を強制的に開き、トンネル内につくられた窪みへと避難する。ダンジョンと言えど、アルデンハイドのゴンドラは高い安全性とドラゴンの牙をも通さない高い耐久力を誇り、過去にはゴンドラ関係での死亡者を出したことが無い。これは歴戦の冒険者たちが下らない死に方をしないようにする配慮と、精神面でのケアという役割がある。すなわち、このゴンドラは動くキャンプ地。かつて9番隊隊長、神速のダンテはこのゴンドラについてこう言った『このゴンドラは、C,0(キャンプ・ゼロ)である。」と。


「ねえ。ケニー?」


――こいつ、まだ喋るか。


「なんだ。」


「うん。いや、なんでもないよ…。ケニー。」





 ゴンドラは進む。とても長い道のりを激しさと共に下っていく。とても長い時間をかけて。





「ケニー...?」


 まどろみの中で聞こえた声は俺の眠りを妨げた。いつだって忌まわしい声だ。こいつの声はいつだって隣から聞こえる。いつだって近くに居ながら、いつだって事件の中心になる。


「――ケニー!起きろ!!」


――起きろ?寝ていたのか、俺が?


 俺は焦燥の中でもがき、泳ぐようにして飛び起きる。


「はぁ!……アムスタ、俺は寝ていたのか?」


「そうだよ。全く寝坊助なんだからさ」


 俺はアムスタに抱えられながら身体を起こす。


「だまれ、それもこれもこのゴンドラが悪い。」


 誰もいないゴンドラが心地よく揺れる。低速で、ゆらりと眠気を誘うように進む。いつまでも寝ていたくなる。こんなに時間が掛かるなら自分の足で10層まで降りた方が速そうだ。


「まだ着かないんだろ?全く遅すぎだ。俺はもう少し……」


「そうだね。『――ケニー!!』僕もなんだか『起きろ…』眠いや『――ケニー!!』」


 アムスタの声が重複して聞こえる。


「ひと眠りすれば、着くはずだよ…『――ケニー起きろ!!』」


――アムスタ?


『――起きてくれ!!ケニー・エヴァンス!!!』


 頭に血が上る。寒さ、熱さ、空気の冷たさ、汗の匂い、心臓の鼓動、風の肌触り、呼吸の乱れ、喉の渇き、痛み、血の香り、バカみたいな焦り。


「はぁ…‼」


 覚醒する感覚。紛れも無い現実。冷や汗が湧き出るのを感じる。ここが、ココこそが現実。


「――ア、アムスタ…!!」


 心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る。


「……ここは!?」


 心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が鳴る心臓が高鳴る。冷や汗は止まらない。


「よかった……。――おはようケニー。君は寝坊助だなぁ。」


 俺を左手で揺さぶるアムスタは満身創痍だった。ボロボロの服に折れたロッド、頭からは血を垂らし、右手からは……


「ア…ムスタ…?」


 右手は無かった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ