アルデンハイド百人隊の悲劇 起
魔法学では一番だった。杖がペンに変わった途端、やる気は半分以下にも落ちたが、身体測定でも一番だった。戦闘訓練では他の追随を許さなかった。欲しいと願ったものは何でも手に入れてきた。進学するごとに周りのレベルは上がっていったが、そこでも、俺の背中を脅かすようなライバルはいなかった。俺は俗に言う"努力の天才"って奴らしい。自分のレベルがハッキリしているのなら、競う相手がいるのなら、往々にして俺は負けなかった。往々にして俺は一番だった。だから、あの街との出会いは正に天啓だった。
ケニー・エヴァンス。商人の息子だった俺は親父に連れられ、世界中のあらゆる場所を周ったが、眺め行くどの村もどの街もどの国も、既視感の湧き出るような凡庸さに溢れていた。あの街はあそこに似ている。この国はあそこに似ていた。凡庸、凡庸、刺激もクソもありゃしない。退屈だった。多くの場所を周るに連れて、全てが何かの模倣に見える。今でもそうだ、街を眺めることが好きな放浪家には再三反吐が出る。これが人生かと反吐が出る。しかし、幼い日の俺の心をたった一つ、その街だけは捉えて離さなかった。
"トライデント斜塔街"、競争が活きる街。数多のクランが乱立し、立場を理解しながら日々上を目指す。レベルの低いものは憧れを仰ぎ見て、レベルの高いものは黄色い声援と羨望の眼差しを向けられる。そんな街を我が物顔で歩く一番に憧れた。"アルデンハイド"斜塔街の帝王。最も高みに居ながら、最も下に挑む者たち。数多のエリートが集うそのクランこそ、天の神が優秀な俺に与えた居場所だと確信した。茨の道だとは理解していた。アルデンハイドは決して凡人を招き入れない。しかし、だからこそ、それ故に。挑む価値がそこには有った。
――――――
そして今、俺はここにいる。
{トライデント斜塔街・第六層「アルデンハイド魂炎場」
広場の空気はいつにもまして張り詰めていた。俺が配属されたのは9番隊前衛組。アルデンハイドに加入して、半年も経たずに大遠征隊に参加できる人材はそうそういないらしい。俺はエリートだ。圧倒的エリート。
第六層の中心には魂炎と呼ばれる巨大な焚火が有る。更にそこから円形の広場が有り決起集会が行われる。魂炎は街の中心でありアルデンハイドの心だ。1000を優に超すアルデンハイドの寮室は、魂炎の見える部屋の高所から空室が埋められていく。すなわち、ここから南西方向に建つ蒼炎寮では空室が伺える左側の下部から新人が配備され、逆側に位置する右側最上部はアルデンハイドの古参たちの部屋だ。寝坊だが、重役出勤だが、規律が乱れているのか知らないが、幹部たちの部屋はまだ明るい。されど時刻は早朝の五時。本音を言えば、俺たちもまだ寝ていたい。
「ケニー。ケニー!」
「うるさいッ。なんだ、アムスタ!」
俺はヘラヘラした顔で近づくアムスタを振りほどき、傾いた腕章を直した。
「遂に僕らも遠征だね。早かったなぁ深層隊への昇進!」
「浮かれるなアムスタ。上層以降はお前みたいな奴から死ぬ。そんなんで、深層まで辿り着けると思うな。」
アムスタ・シュペルダム、気に食わない奴だ。俺はアルデンハイドのベテランたちが腰を抜かす速度でこの地位まで登り詰めた。認定レベル4(推奨探索域24層以下)、冒険家トッププロライセンス(マスターの一つ下)、9番隊前衛五人目の大役。しかしこいつは、俺と肩を並べている。飄々とした顔でここに居やがる。
「そうだね。気合いれなきゃ!」
九番隊前衛五人目。アルデンハイドの百人隊は内部秘密に包まれているが、内情は思いの外シンプルだった。詳細な人数を言えば総計113人。各10人隊に導き手が1人付き、前衛と後衛が五人ずつ。それを仕切る大統括が一人、その上に副領主、一番上に領主{オーガスタス=アルデンハイド}が付く。そして各隊にはそれぞれ主要三役と言われる花形が存在した。
一つ目は
『先導手(トレイルリーダー)』→アルデンハイドの中でも頭の切れる幹部が担当するポジション。普通各隊の隊長から選出される役職。
二つ目は
『紅炎(通称・エース)』→戦闘に秀でた火力の中心的人物。勝負師としての嗅覚が特別に鋭い奴等、深層のモンスター相手に殿を務めながらも、必ず生還するような化物が担当する。各隊のエースは最終アタック時の0番隊として召集されることも多い。ここは俺が狙う席。
三つめは
『蒼炎(通称・メディック)』→アルデンハイドは全員が火を纏い身体を治癒する自己完結型の組織だが、特殊な寄生虫や病にかかった人間には奴等の助力が必須。隊の導き手が下す判断を補佐するのは、大体医師のポジションだったりする。
しかし細かいことを抜きにすれば、たったこれだけが、あの伝統的なアルデンハイド百人隊のその全て。隊の中にもある程度序列は存在すれど、大したものじゃない。戦闘になれば前衛は前衛の働きをするだけ。
『――1番隊、出るぞ!!』
遠くの号令と共に、――ザッと一斉に音を立て、一番隊が立ち上がり列を成す。
「あれれ、向こうからだよ。そんなの聞いてた、ケニー?」
「いや。」
「やっぱ下っ端には、大事な情報は来ないのかな~?」
――お前と一緒にするな。
アルデンハイドの百人隊は、通常10番隊から順にダンジョンに入り、主力が揃っているとされている1番隊や2番隊の後続をバックアップする。だが今回は俺達が後続。9番隊の先導手も決戦人も到底主力には思えない。
「ねぇケニー?もしかして、これって期待されてる!?」
――期待か。確かに俺らを含め、この隊は平均年齢が低い。しかし今回の大遠征はフェノンズへの巻き返しを兼ねたメンツの戦い。こんな重要な遠征で俺達が後続に着くことなんて有り得るのか?
「黙れアムスタ。余計な思考をするな。」
「えぇー!まぁ今のは冗談だよ。だって見てよケニー、今回の遠征隊、主力が起用されてないようなんだ。」
アムスタは過去の遠征隊に参加したメンバーの名前を記した、小さなノートの1ページを俺に見せた。
『―――――――
{title.今日は大遠征隊を見た!}
5番隊と6番隊のあいだ。
領主オーガスタス=アルデンハイド
副領主グスタフ=アルデンハイド
10番隊の先頭
大統括ネオ=アルデンハイド
先導人 2人ずつ +他8人
一番隊隊長 赤きアイザック 紅炎 竜炎ジーナ
蒼炎 炎杖アイザック
二番隊隊長 未知のギルバード 紅炎 未知のダーマ
蒼炎 未知のメリタ―
三番隊隊長 巨漢ゴードン 紅炎 巨槍アルデスボン
蒼炎 巨杖バソー
四番隊隊長 義手付きコーネリアス 紅炎 義指のショッケラ
蒼炎 祭司ルクソー
五番隊隊長 神父ヒラリー 紅炎 豪腕ガリオス
蒼炎 蒼指キケロ
六番隊隊長 癒しのセリーヌ 紅炎 炎薙刀のクライス
蒼炎 杖者リュカイエ
七番隊隊長 無慈悲なダネル 紅炎 火鞭ジュテルテ
蒼炎 終焉のムラトー
八番隊隊長 不消のベラル 紅炎 大鎌ジャック
蒼炎 黄金のジュラ
九番隊隊長 神速のダンテ 紅炎 絶剣カイル
蒼炎 深淵のルカ
十番隊隊長 狂犬ブレンドン 紅炎 破壊槌メスデスボン
蒼炎 修復者リスデスボン
・・・――――』
そこには旧大遠征隊の情報が事細かく記されていた。しかし、この遠征隊が出発した日。俺とアムスタはダンジョン1層の訓練所にいた。そして遠征隊がその場所から遥か遠くの丘を通った時、同じタイミングで俺たちは同じ訓練をしたいた。
「――お前、こんなのを何処でッ!?」
俺の知らない情報だ。俺が得られずにコイツだけが掴んでいた情報。意味が分からない。理解が出来ない。俺はアムスタの肩を掴み、猛烈に前後に振る。
「――何処で手に入れた!!」
「えっ、いやっ、なにっ、痛いっ、痛いよケニー。これは別にさ、別にあの日、僕らが訓練してる時に横を通っていたからさ、いや、別に集中してなかった訳じゃないんだけどさ?ちょっと目に映っちゃっただけでさ。」
――あの一瞬で記憶したというのか。それも、俺との戦闘訓練の真っ最中に……
「アムスタッ!お前ッ……!!」
「痛いっ、痛いってば、ケニー!!」
俺はアムスタの肩関節を握り、親指を食い込ませる。侮辱だ、こいつは俺を侮辱した。
『うるさいぞ貴様ら!!――9番隊出発だ、立て!!』
そいつは俺を見下すように立ち、アムスタのケツを蹴ってゴンドラへと歩いていく。階級は俺達と同じレベル4、冒険家トッププロライセンス。能力は俺以下の愚図野郎。俺より少し早くクランに加入しただけで威張ってやがる。老害め。
「ほら、行こうケニー。」
アムスタは服に着いた砂を払いながらそう言った。
――午前五時、気温10度。斜塔街第六層より、第九部隊出発。
これが悲劇の始まりだった。