⑩情報戦とマスターシーカー
「そうです。だから悪いハーピーでは無いんです。ただ、仲間からはよく世間知らずだとかって言われていますけど…」
ハーピーの名前はマーヤ。自分のルーツを知るために斜塔街へ昇ろうとしたそうだ。しかし、その過程で何故か意識が混濁し、倒れ、記憶を失った。
「珍しくは無い話さ。上層に戻った途端、ダンジョンでの出来事を思い出せなくなる。その場所に戻れば思い出せるが、それまでは出てこない。…それ故に、地上では語り継げなかった、みたいな話は珍しくない。まぁ、そのどれもが、ただ頭を強く撃っただけだとか、時間が経ち過ぎた、だとかいう在り来たりな理由だったりするがね。」
メセナは紅茶を啜りながら話を進めた。
「とにかく、君が地上に出る条件は...、いや、地上に出るための助言をすることが本来は有っては成らない事なのだがね。…地上に出たければ、強力な変身魔法を取得する他に道は無い。だから今は、引き返すしかないと、そう我々と。」
「変身魔法ですか?」
マーヤは不思議そうな顔をして聞いた。
「そう。腕の翼を…もとい、君の場合なら背中のその翼を隠し、腕や手に生えた特殊な毛をもカモフラージュする必要が有る。」
「…それって。私にも、出来るのでしょうか。」
マーヤは俯いて言った。
「もちろん出来るとも。君らが風を操るように、魔力を変換させて自分に当てれば良いんだ。それが出来れば友好の証として、{フリーダム}が君を地上に連れてやってもいい。」
「―本当ですか!?」
「本当、だとも。」
メセナはそう言って自分の杖をアルクに渡した。
「初等変身魔法は自分の手を猿に変えたり、クマみたいに毛深くしたりするんだ。ほらやってみたまえ」
アルクは促されるままに自分の左手を猿の左手にしてみせた。
「うっわぁ!スゴイです!!」
マーヤが驚くのと同時にプーカも「すっげぇ」と呟いた。アルクは驚く二人を見て、照れたように頭を掻いたが、
「まぁ、こんなん戦闘には無役だがね。」
メセナの一言で、アルクは項垂れるように膝を落とした。
「しかし、これくらいできてくれればサポートは出来る。これくらい、と言っても。初等と言っても。役に立たないとは言っても。魔法を扱って来なかったものにとっては、大分難しいものだがね。これくらいできてくれるなら君を地上に案内してあげられる。」
メセナはそう言って左手を猿にしたアルクに向かって、ヒューっと口笛を吹いてみせた。するとアルクの左腕は徐々に灰色の毛で覆われていき、更に肩から背中へ、アルクの身長をゆっくりと縮めながら猿の変身の浸食が進んでいった。そして気付けば、一匹の猿がウキィーと鳴いた。
「人に化けるのがどれほど難しいかは分からないが、恐らくハーピーの君なら簡単だろう。住所でも教えてくれれば時折訪ねてやるさ」
メセナはその後、アルクが落とした杖を自分の手元まで引き寄せ、ヒョイッっと振って姿を戻して見せた。
「ただ、君のご近所さんらは少々気が荒いだろう?だから念の為に、君の拘束は解かないでおくけど、それでも問題は無いかな?」
マーヤはその言葉に「はい」と頷くと、縛られた足を地に付けて、縛られたまま笑っていた。
「まぁ、医療ベッドの上じゃなんだし、御飯でも食べながら向こう(ダイニング)で話さないかい?」
メセナはそう言うと、用意しろと言わんばかりに俺に目配せをした。自分でやれよ。
「紅茶とコーヒー、どっちがお好きかな?」
「紅茶って…何ですか?」
「ok、試してみよう。」
メセナは指を高らかに挙げてそれを鳴らし、ノールックでオーダーする。
「ウェイトレス。紅茶だ!」
―誰が"ウェイトレス"だよ…。
「ウキィーッ!!」
―お前なのかよ。
そう思いながら、俺は渋々第二調理室兼プーカの部屋に入り、紅茶をしばいた。誰かの治療後は食中毒防止のため調理場を変える。プーカの部屋に有る流し場が広い理由は、薬品調合の為だけではないのだ。
「ナナー?何つくってる?」
「おにぎり。」
「プーカも食べるッ!」
「ならさっきの三合を返せ…。」
・・・
「いいよ~!」
「嘘です、止めようねッ。」
満面の笑みで口を広げ、喉ちんこを見せるプーカの額を掴み、俺はそのままアイアンクローをした。