⑨悪魔の森の謎の鳥
{第六層・大樹の癖毛「悪魔の森地帯」}
「上層に、ハーピーがいる…。」
口では淡々と、しかし顔では驚きながら、ソフィアは羽の生えた少女を見てそう言う。「見てみようよ」と歩き出したメセナを先頭に、俺たちは飄々と、しかし全員が武器を握りしめながら、一歩ずつ近づいていく。
「ここまだ上層なん?」
プーカがソフィアの袖を握りながら俺に聞いた。
「隣に聞きな。」
俺は余裕の無さから、すかさずそう言い返すと、プーカはソフィアの袖を二回ほど無言で引っ張った。
「ん?あぁ。えっと、ギルドによる緊急支援の容易い階層、すなわち1層から4層までは{浅層}と言われている。そこから更に難易度が上がり5、6、7、8、層までが{上層}だよ。」
ソフィアはまるでマニュアルを読むかのようにプーカへと話した。
「へぇー、そんで、何で驚いてん?」
その言葉に恐らく内心では臨戦態勢のメセナが、背中越しに語る。
「9~24層までを{中層}、25~35を{下層}、36以下を{深層}と区分するけど、この5区分は基本的には浅層を初心者帯、上層を下級者帯、中層を中級者帯、下層を上級者帯、深層以下をマスタークラス帯と位置付けることが多い。実に、そのどれもがトライデントだけの話で、外での立ち位置がどうだったとかは関係無いけど...ハーピーは本来"25層だけ"に、群れを成して住んでいる。そして...」
メセナは深く息を吐いて、腰に差していた魔法剣を構えた。
「――彼らは全員が、特定危険指定階層主。俗に言う、"ビヨンド・レイヤーボス"って奴に該当してしまんだ。……何故なら、一体とでも戦闘になれば、文字通りの軍がやって来るからね。」
「ビヨンド…レイヤーボス…?!」
アルクがキャラバンの物陰から、驚愕したような声を小さく出した。しかしメセナは冷静に、淡々と倒れているハーピーに近づいていく。
「大丈夫だよー。重要なのは、今、この6層にいるってことだから。」
そう言いながらメセナはハーピーの喉元に切っ先をあてがう。慎重に、起こさないように、確実に喉を捌けるような角度で、メセナは剣を構えた。
「殺すのか...?」
俺は色々なことを考えて、結果的に端的に、そう聞いた。
「殺すさ…、時にはね…。何人も、こいつらに殺られてきた…。エドワード、ヘンリー、ゴードン、パーシー、マーリン…。挙げるだけでもキリが無いが、でも、私はどうにも、…シーカーなんだ。」
メセナが瞳孔を開きながら、両手で構えた剣を強く握り、制止した。
「ソフィア。」
その掛け声と共にソフィアが腰に引っ掛けていた縄を取り出し、器用に投げてから言った。
『命綱』
縄はまるで生き物のように一直線にメセナの方へ飛び、倒れたハーピーの上空までシュルシュルと伸びていく。
『―拘束』
そして、俊敏な大蛇が高い瞬発力で攻撃するように、リリーズは一瞬にして。メセナの身体を避けながらも、ハーピーの身体を縛り上げた。
「ユーブサテラ、このハーピーの話を聞きたい。治療してやってはくれないか?」
俺たちはリリーズの拘束を見て、肩の力を抜き、ほっと息を吐いた。
「あい、それはプーカにお任せ。」
そういうとプーカは、何の躊躇いもなくハーピーを担ぎ、キャラバンの中へと運んでいってしまった。
――――――
「くっそ!また閉ざされた、どうなってんだコイツら!なんで攻撃は、…ダメなんだ!!」
リザが癇癪を起しながらハンドルを切る。キャラバンは進行方向、七層へ下る斜面へ着実に進んではいるが、最短とはいかず、不気味な顔の付いた蠢く木々に何度も進路を妨害された。
「だから言ったろリザ、こいつらが、死ぬと、床に、穴が、開くんだ、よ!」
キャラバンは激しく揺れる。幾度となく、右に左に、上下に、前後に。のろのろと進めばそれこそ道は閉ざされる。しかし正直これは酔う。
「うぇ、気持ち悪い。俺、屋上行ってくる…。」
屋上の一つ下のスペースでは、テツがライフルを構えながら、攻撃を仕掛けてくる巨大生物に対して狙撃を行っている。屋上から弓矢で応戦しても邪魔にはならない。
「ダメだ。ユーブサテラ。君には私と尋問を行ってもらう。」
メセナとプーカの目の前には、治療済みの倒れたハーピーが項垂れていた。
「うん。もうすぐ起きそう。もう起こした方がいい?」
プーカはメセナが頷くのを見るや否や、ハーピーの鼻目掛けてアンモニア水の瓶を開いた。
「メセナ、ユーブサテラユーブサテラって…、俺はナナシだ。いい加減名前で呼べよ。」
「え、あ、すまない。しかし君は.....」
メセナが戸惑った顔をしたその時、ハーピーは「うわぁあ!!」と大声で叫びながら身体を弾ませる。しかし、ハーピーの身体は縄に縛られ、一瞬間、身体をベッドから浮かせる程度で留まった。特定指定危険階層主。これがオメガトロールほどのパワーだったらと考える。いや、例えそれほどの力が有ったとしても、リリーズなら縛り続けられるのかもしれない。もはや、目の前に起きている現象の何が凄いのかを分析しきれない。多分もう、そういう世界に踏み入れているのだ、俺たちは。
「へぇ~、うわぁあ、だって。聞いたかいソフィア?」
「あぁ聞いたよ。」
ソフィアは助手席からリザの補助をしたまま、耳だけを傾けていた。
「こりゃあ、珍しいね。」
メセナが呟く。
「何がだよ、メセナ。」
すかさず俺はメセナに聞いた。するとメセナは憐れむような眼をして、そのハーピーを見つめながら言った。
「彼女は恐らく、人の血が混じってる。」
「え...?」
俺はその時、言葉に詰まった。混血のハーピーが、その生息域からは果てしなく離れた上層で倒れている。この不可解さと相まって、脳裏に漂う気色の悪い疑問が言葉を詰まらせた。―俺たちは、彼女を殺していいのだろうか。