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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第20譚{斜塔のダンジョン}
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⑧墓場の上で今、ワルツを飲んでいる。


{斜塔街第一層・中央ギルド大酒場(二階席)}


「なぁライロックの旦那。メセナさんは何を考えてるんだ。」


 陽気な歌声に、楽しげな会話。喧騒が床越しに響く二階席の一角で、トマス=ダリアスは俯いていた。彼の飲み相手はフリーダム連盟副盟主、ライロック=フリーダム。メセナのいとこである重役。そして三人目はメセナ不在のフリーダム連盟に支援を求めに来た小麦肌の新米冒険者、チコ=アドスミス。彼は何気なく飲みの席に着かされ、重役二人の話をキョトンと聞いていた。


「うむ。正直分からん。」


 そして長年フリーダムを支えた重役の二人は憂慮していた。それは錯綜するダンジョンで、かつて何人もの死人しびとを見送ってきた二人だからこその憂慮。経験を積んだ冒険者なら持って然るべき懸念だった。


「トライデントギルド最強格の御二人だ。メセナとマスターソフィアには飛び抜けた才能と若さが有る。そしてその言動は御二人のカリスマ性にそぐうものばかりだ。だから今回の作戦は二人らしいと思った。36層越えも無論夢ではない。しかしだ。お前の言うその一点だけに関しては、俺にも理解の追い付かないところがある。」


 ライロックは木製のジョッキを静かに置いて、二階席から見える冒険者たちの楽しそうな表情を見る。


「俺が入りたての頃、フリーダム連盟は野蛮なクランだった。騒ぎになれば新米ルーキーを盾にし、酒場では金をせびり、ダンジョンでは見殺しにする。そういったクランだった。」


「あぁ。」


 トマスは微かに笑って、ライロックの話を聞く。チコは二人の話を片耳に挟み、飲めない酒をちびちびと飲んでいた。


「しかしそれをメセナが変えた。ダンジョンでは自分が隊の先頭に立ち、実績と地位を築けば率先して犯罪や恐喝を止めさせ、ギルド内最大派閥として街の治安を向上させた。」


「そうだったなぁ。」


 ライロックは一階の宴を見つめながら話を続ける。


「トップクラスの熟練冒険者ベテラン新米冒険者ルーキーがあんなに楽しそうに酒を飲めるのも、メセナさんが盟主になって率先してパトロンになってきた実績が大きい。」


 ライロックはそう言ってチコの方を見る。


「メセナには見えるんだ。ルーキーの将来が、その潜在性が、」


 追ってトマスがチコを見る、二人にまじまじと見られたチコは肩をビクつかせ反射的に聞き返す。


「なッ...何故!...です?」


「魔法だ。メセナの魔法は仲間の攻撃魔法を爆発的に引き上げる。無論、支援魔法もそうだ。そしてそれを見た他のクランは新米冒険者ルーキーの潜在性に気付き、同時に新米冒険者ルーキーを敬うようになった。メセナがパトロンを結んだ新米冒険者と活躍していた頃だ。フリーダム以外の他クランもルーキーとの契約を増やしていった。そしてメセナは積極的に他クランをも自身の魔法で手助けし、共に実績を積み上げ、同時に積み上げられた上下左右の網のような絆が、今の輝かしいトライデントを作り上げた。」


 チコはジョッキを持った手を離さないまま、欄干の間から見える冒険者たちの姿を見た。年老いた剣士から、自分と同い年くらいの魔法使いまで、ギルドの酒場では多種多様な冒険者たちの輪っかが、いくつも出来ていた。同じように、その光景を見たトマスが壁沿いで中央の誰も座っていない席を指さす。


「見てみろ新人。」


「え。僕、まだ面接中の...」


「―あそこの席、誰も座ってないだろ。」


 チコは困惑しながらも、確かに誰も座っていない長机を視界に捉える。


「カウンターと壁から程よく近い5ーB番、あそこには誰も座らない暗黙の了解が有るんだ。」


「何故…ですか?」


「うん。あの席は通称、介護席メセナシートって言ってな。敢えて誰も座らないことで、座ったやつが新米冒険家ルーキーだって判別しやすくしてるんだ。駆け出しの頃、俺はあの席に座ってメセナさんに金をせびられた。」


 トマスは遠い目で懐かしそうに語る。


「せ、せびられたんですか…?」


 盟主メセナを知らないチコは、少しだけ怯えたように聞いた。それをみたトマスはニヤッと笑いジョッキに口を付けてから、斜塔街の地ビールをちびっと一口飲み込んで話を続ける。


「あぁ、せびられた。当時のメセナさんは髪が長くてボッサボサで、盗賊みたいな格好しててな、何人かのゴロツキみたいな集団から出て来て一言「金を出せって」。体躯は今みたいに俺よりも小さいままだが、その気迫にビビった新米の俺は財布を逆さにしてなけなしの小銭を机の上にばら撒いた。そしたらメセナさんはローブの裾からナイフを取り出し、机の上にすかさずぶっ刺して、俺の1エルを掻っ攫ってからこう言った。『よぉ、ルーキー。これ以上獲ろうって奴がいたら私に言いな。―この{フリーダム}が潰してやる。』って」


 ライロックはトマスに目配せされて、ハハッと笑った。チコはその目を輝かせ、触れていただけのジョッキをギュッと握った。


「それから俺は気付いたんだ。ナイフで出来た机の上の穴が、一つだけじゃないってことに。だから、―そこに入ろうと思った。フリーダム連盟は今の名前だが、その時の名も俺は忘れちゃいねぇ。」


「―なんて言うんですか!?」


 すっかり前のめりになったチコの食い気味な質問に、トマスは少々驚きながら笑ってその名を口にする。


「名は{祝福の息吹(ユーブレス)}かつてのメセナさんに、ぴったりな名前だった。」


 ライロックはしばらくの沈黙の後、ジョッキのトマトジュースを飲み干して言う。


「チコ。ようこそフリーダムへ、盟主メセナに代わって我々二人が歓迎する。クラン本部は酒場を出て右手に直ぐ見える場所だ。行き給え、君の新たな冒険と、新たな仲間との出会いの為に。」


「ようこそ。」


 トマスも続けて言うと、チコは目を輝かせてジョッキの酒を飲み干し、机へ勢いよく置いて挨拶をしてから出ていった。


「―よろしくお願いしましゅう!」


 ライロックは席から飛び出していったチコを見て、ふっ、と笑ってトマトジュースを口に含んだ。


「しかしトマス。彼は飲めないと言っていたが、彼のジョッキのあれは、確か斜塔街の地酒だったよな?」


「えぇ確か43度。まぁ、"飲めない方でも"あれくらいですよ。鬼の種族と北の奴等と、アドスミスの人間は…」


「そうか…、鬼とノースとアドスミス…。」


 ライロックは俯いて笑いながら、少々ずれた眼鏡を直した。


「しかし、今のメセナの行動は殺人行為に等しい。あんなに聡明で思慮深いメセナが、何を誤って新米冒険者を深層に連れ込もうだなんて考えに至るんだ。」


「全くです。...旦那。俺はユーブサテラを気に入っていた。生意気な奴らに見えたが冗談の通じる奴らだった。仲間想いの良い奴らだった。だけどなんでだ、メセナさん…。そいつらは無魔で、しかも有ったばっかで、ルーキーじゃねぇか。」


 それを聞いたライロックはジョッキに口を付けたまま、呆然とその中の虚空を見つめていた。


「斜塔街ギルド規定、第3条1項…。」


「トマスは俯きながら呟くように喋る。」


「…上層以降、正式な冒険資格とその能力の無いものは隊に同伴させることを禁ずる。また、責任者は非責任同伴者が死亡した場合、いかなる場合においても殺人幇助として罪に問われ、本ギルドからは追放処分とする。また、裁判に関しては...」


「―もういい、トマス。」


 掲示板の小さなカウンターがライロックの脳裏に過る。すかさず彼は自分のジョッキを置いて、溜息を吐き、トマスのジョッキを掴んで自らの喉に流し込んだ。


「―旦那っ!」


「ぷはぁっ。―トマス…!メセナはっ、彼らは、…今頃は中層だろうか......?」


 ライロックの額にはじんわりと汗が垂れ、その頭の中には、いつもの酒場の喧騒がよりいっそう響いていた。


「分かりません…。でも、…信じましょう。いつもみたいに。」


 幸せも楽しさも、酔いの気分も、斜塔街の人間には日常的である。だから彼らは今日も、絶えず生まれる墓石の上で、自由気ままにワルツを踊る。彼らが友の、戻ること無き生者を送って。

 


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