⑦釜の飯と、レベル3の下位帯について。
「随分と時間かかったな~。」
暗闇の中でソフィアの声がした。窓やら屋上やらを閉め切り、カーテンを閉じ切ったキャラバンの中は匂いの有る湿気に包まれており、何やらカチャカチャといった音が聞こえる。
「ハフハフ…、ん~。それにしても、君らの戦い方はまた見れなかった訳だ。ハフ...まぁ、実力の証明には充分だったと感じるがね。」
メセナも近くにいるらしい。俺は声の方へ近寄って、手探りで椅子を見つけて座る。
「時間が無いんじゃなかったのか...」
「いいや、むしろこれでイーブンさ。私たちの進行が早過ぎればアルデンハイドに怪しまれるから、最悪10層で追いつけなくても……ハフ、以降の階層で追い付ければいい。それよりさぁ、もっと互いのことを理解し合いながら、着実に親睦を深めていくほうが優先だと……ハフ、思うんだ。」
メセナは細い木の棒を叩き合わせ、カチカチと音を鳴らしながら話す。
「それで...一体何してんだ。」
「ん?」
とぼけた声でメセナが言う。
「闇鍋……、だけど?」
――だけどじゃねぇよ。
カツオだしの香りはキャラバンを揺蕩い、軽やかに舞っている。
――――――
{第五層・開拓されし大洞牢『カラリラ駅街(C2)安い民宿横の停車場』}
「到着して早々悪いんだが、君たちを待っていたんだ。私たちはレベル3以上の残留組から情報収集したから、キャラバンはもう出発してもいいと考えているんだが。」
まぁ動いてようが動いてまいが大して変わんない。もう少しC2を見ておきたかったが、このダンジョンの先輩であるメセナの考えは尊重した方が良さそうだ。
「そうだな。――リザ、出してくれ!」
「んむー、あいよ。」
箸を咥えたままのリザがキャラバンのアクセルを踏み、全員が一瞬、後方へよろける。
「それで、どうだったオメガトロール。手強かっただろ?」
ソフィアが茶碗を置いて、箸の先を俺とプーカに向けた。
「全然。」
プーカが答える。
「んな、ウソだな。私が初めて対峙した時は死体喰らいがわんさか湧いて、それはもう死ぬかと思ったくらいだ。なぁメセナ。」
「――あぁ。正直、奴らを含めれば4層のあの地帯だけは、8層までの何処の地帯よりも難易度が高い。」
初出しのとある名前に、俺は疑問を覚える。
「死体喰らい?」
俺は、闇でも何でもなくなった鍋の具材をポン酢につけて米の上へのっけた。プーカは既に白米を2杯分を平らげ、鍋の残りも猛烈な速度で食していく。正直死体喰らい云々よりも目先の脅威が恐ろしかった。
「なんだ、会ってないのかユーヴサテラ。オメガトロールの死肉が好物な四本足のキメラなんだけど、顔がゴブリンで身体がハイエナの奴だ。…だとしたら相当運がいいぞ君ら。」
メセナは興味深そうに話す。
「奴等は素早い癖に小賢しくてね、仲間すら信頼しないような薄情な連中なんだけど、オメガトロールに有り付けそうな時はここぞとばかりに群れになってねぇ、そのキレッキレの脳みそで強烈な連携を発揮するんだ。」
「なるほど、会ってないな。……というか、オメガトロールは殺してない。」
メセナはその言葉に取り分け興味深そうな顔をした。
「えぇ...!?じゃあどうしたんだい?」
「攻撃を止めるまで、嫌がらせをしたり…」
俺の言葉に助手席のソフィアが軽く頭を抱える。
「いや、意味分からん…。そんな話は聞いたことないぞ。――あ、そこを右だ…」
――まぁ、勝ったし別にいいだろ。
俺はそう思いながら鍋に視線を落とす。当たり前のように何も無い。少量のスープ以外、すっからかん。
「おおい。」
そしてプーカの方へ視線を送る。
「ん?」
プーカは満足気な顔で腹太鼓を鳴らしていた。
「おいおい。」
「んな?」
「はぁ…、まぁいいや。それより次のキャンプ地、十層のC3までは何時間くらいなんだ?」
俺が顔を上げるとメセナが窓の外を見た。
「うーん。このペースで休憩を取らずに進んだとして、ざっと9時間。―どうだいソフィア。」
「同感~。」
メセナは頷き、俺に微笑みながら言った。
「五層からは森林地帯が広がるんだ。それも意地悪な木々たちがさり気無く行く手を遮ってくる。キャラバンで行くには正直大変かもしれない。」
「意地悪なんてもんじゃないぞ。」
ソフィアが補足する。
「私たちの魔力や生態を分析して、猛獣と接敵させる悪魔みたいな木だ。アルデンハイドの百人隊もここを避ける意味合いでゴンドラを利用していく。」
「うん。あと九層のボスもだね。とにかく、レベル2の上位帯からレベル3の下位帯、つまり第五層から第九層のダンジョンていうのは、知恵のあるモンスターたちによって、パーティーが分断されたり、ルートが取りづらくなっていたりして、じわじわと戦力が削られるんだ。それは純粋な力の差とか、自然による進行の難しさじゃなくて、もっと複雑で奇怪な、モンスターたちによる不確定要素の難しさが有る。分類は『レベル6』とされているけど、これは結構、トライデント特有の難しさだよ。」
テツはその情報を聞き、ノートにメモを残していく。無論、ダンジョンの情報と言うものは国基準のものであれば公開されているところが多いが、国の基準値は大雑把な所が多く、特殊領域については機密保護の観点から記載が曖昧な為、シーカーたちはシーカースケールと呼ばれる独自の基準値を持っていた。そして、それらを踏まえた上で、テツは国の基準とシーカーの基準、そして自分で得た情報、現場で聞いた情報を頼りに改めてダンジョンの概要を書いている。
「今回は大変そうだな。」
俺はテツのメモを上から覗く。特殊領域はどんなところでも有っても終環点は一つしかない。つまりは特徴が有り、それ故に隙も穴もある。しかしそれでも今回は最低36層分もある。事前情報に恵まれているとは言え、改めてまとめるのは骨が折れそうだ。
「シーラか定かじゃないけどね。それに今回は斜塔街の区分も有る。」
「あらあら、それは、…大変だ。」
それでも彼女は毎度記し続けている。これもシーカーの勉強の一つらしい。
【ダンジョン・トライデント】(国)
区分・洞穴型
進捗・未踏破
推定難易度レベルS
【ダンジョン・トライデント】(シーカースケール)
タイプ・円柱階層人工構造型=不明
通名・不定
進捗・未踏破未開拓・一部完全踏破開拓
確定レベル1(注意領域)~8(絶命領域)
【ダンジョン・トライデント】(斜塔街ギルド)
クランに与えられるレベルと推奨階層について
レベル1・第一層
レベル2・~第八層
レベル3・~第十五層
レベル4・~第二十四層
レベル5・~第三十五層
レベル6・~未規定
「認定方法」
→ボスレイド及び実績解除。