②『疾走、第一層。~The First Layer~』
――バッチュ!!
「ちっ、またスライム轢いたぞ。」
洞窟を疾走するキャラバンの中で、興奮交じりにソフィアが口を開く。
「アルデンハイドは五層のC2から発生する足場の脆さを利用して、十層のC3までの間に巨大なゴンドラを建設した。つまり、大遠征隊は九層のボスに干渉しない。しかし百人も乗れるゴンドラが有るわけでもないから、おおよそ15時間後、アルデンハイドの最後尾に張り付ける、予定…、だったが…!!」
キャラバンはカンカンカンと警鐘を鳴らして進む。リザの操作には迷いが無い。まるで熟練冒険者のように正確に下層への道を辿っている。無論上層帯、とりわけ浅層と呼ばれている四層までのダンジョンにはある程度正確な地図が作成されている。しかしそれでも迷うのがダンジョンの常。しかしリザには関係ない。
「このペースなら、アルデンハイドより早く付きそうだなっ…!!」
ガタガタと瞬間落ちたり登ったり、些細な段差から来る衝撃が幾度となく押し寄せてくる。それほどのスピード、それほどの荒れた道。
「速いに越したことはないだろ。ペースってのは、...よっ。後で、調整できる。」
リザが必死にハンドルを切りながら背中越しのソフィアへ話す。
「それも、そう、だなっ…!!」
初めて乗る二人は若干不安そうな顔をしている。マスターシーカーのこういう顔は珍しいんじゃないだろうか。
「それにしてもッ...、ふぅ。リザは何で道が分かるんだい?」
メセナが聞く。
「あぁ、それは音だ。」
前を向きながらリザは返答する。
「音…?」
「そう、{鐘の斥候兵(スカウトベル)}の音。地元でよく出土するオーパーツで、さっきから鳴らしてるこれ。ベルを鳴らしている位置から特定の角度に居る人間には、コウモリみたいに先にある道の形が"ある程度"は推測出来るようになってる。その音を聞いて屋上にいるテツと一緒に決議してるんだ。この道で合ってるよなって。」
運転席からは屋上に伝う細めのパイプが伸びている。テツのいる位置は丁度リザの真上、鐘の斥候兵がより鮮明に聞き取れる位置で構えている。言わば第二の助手席。
「リザ、減速。人型。」
その指示を受け、リザが少々速度を落とす。
「目視、ゴブリンだった。」
「おっけー」
その言葉を聞いて、リザが再度速度を上げ、警笛を鳴らす。
「そ、そうだ…。今メセナさんたちがいる位置は、危ないかもしれない。安全な所には基本的に椅子が有るから、ひぇ…!、は、初めの内はその近くで立ってるから、いっそ座ってた方がいいですよ。」
アルクが気持ち悪そうに椅子を指さした。
「へぇ?危ない、何で?」
メセナが不思議そうに聞く。正にその直後。
「ごめん!…やっぱ冒険者!!」
テツが咄嗟に言葉を発し、リザが慌てて舵を切る。
「ばっか!テツ!」
キャラバンは道の右へ、一見スペースは無く、ドワーフの冒険者にぶつかる手前。リザはハンドルの右奥にある小さなレバーを下へ降ろし「掴まれ!」と言った。どうなるかは俺達には分かっている。だから俺はメセナの額を触って頭が動かないように壁に固定した。
「―へ?」
瞬間キャラバンは内装の一部が噛み合って食い込み人一人分の幅しか無くなる。プーカの部屋もトイレも台所も、俺達を詰め込むだけの壁となる。
「う、うぅ…。」
寝床で逆さまになった体勢のプーカと目が有う。なんともマヌケな顔だ。本当に寝ていたらしい。俺は彼女の額にデコピンをきめる。
「…あぅ。」
ドワーフの肩スレスレ、極限まで細長くなったキャラバンが風を切ってすり抜ける。刹那、ドワーフは腰を抜かしキャラバンは元の姿へ戻った。
「ばっかテツ!失礼だぞ!!」
「ゴメン。」
リザはパイプ管越しでテツを叱る。理由は明確、リザの地元はドワーフの職人が多い為、彼らをゴブリン呼ばわりされるとかなり怒るのである。―いや、違う。そこじゃない。まぁ、テツが間違えるのであれば他の奴に分かるものでもないけれども。普通の冒険者であれば、ただならぬ鐘の音に道を譲る。逆にモンスターなら呆然と突っ立っていることもままに有る。これは裁量の難しいところ。
「今の縮小化は魔法じゃないね、技術だ!!」
メセナは早々に見抜く。
「おい、そろそろ巣があるぞ。」
よろけながらソフィアが地図を指さす。{第二層・試練の洞窟。雑魚の隠れ家。}
―アバウトな名前だ。
「次。モンスターの群れ。」
「よぉし。」
最悪の事態は魔法が有れば回避できる。もし眼前に人が飛び出せばキャラバンへ転送すればいいのだ。逆にエルノアの転送魔法を防げるくらいの冒険者ならまず轢かれても死なない。だからキャラバンは速度を上げる。エルノアはめんどくさがるが、そういった有事にサボりはしない。それにどうせ、人かそれ以外かは最初に気付いている。道の形もトラップの在処もそう、誰よりも早く気付いている。つまり運転は実質二人と一匹が見ている、
「四層まではこういう洞窟なんだろ?」
「あぁ。」
俺の問いかけにソフィアが答える。その間キャラバンにはドタドタと衝撃音が断続的に鳴り響き、窓の外からは轢かれたモンスターの流れていくのが見える。
「なら、速そうだな。こういったダンジョンにはみんな慣れてる。オーソドックスだ。」
「確かにな。いや、それなら良かった。」
ソフィアが足を組み、煙草を咥えて地図を広げた。
「四層までの洞窟地帯を抜けると、五層のC2(キャンプ2)エリアに到着する。このペースなら休憩はそこでいい。といっても私たちは何もしてないが、五層以降の状況把握も必要だ。如何せん崩れやすいからな、足場。」
重量のあるキャラバンシーキングにとって最も厄介な場所が、ここでいう5層から9層にかけて広がっているような脆い足場。確かにここは時間がかかりそうだ。
「それと、今回の知らせを聞いてレベル3以上がC2に留まっている可能性もある。新鮮な情報を取るって意味でも留まるメリットはデカい。」
「理解した。」
俺は頷く。しかし不安は足元にも有る。それはレベル2への登竜門、第四層生息の指定階層主{オメガ・トロール}。周辺の獰猛なモンスターも次々に道を譲り、新米冒険者をことごとく捻り潰し、強力な魔法使いもその大棍棒で殴り殺す。動きは鈍いがパワーのある物理的な攻撃力が強みらしい。加えて防御力や体力といったタフネスも充分。どれほどまでかは分からないが、キャラバンへのダメージは極力避けたいところ。
「まぁ、お互い気張らず行こうよ。こんなところ、大したことないんだから。」
慎重めなソフィアに対して、メセナは割と陽気だった。いや、これが本来の実力に相応しい心持ちなのだろう。なんせ彼らの適正層は、ここよりずっと先なのだから。