⑳前夜集会の来客 後編
「―そいつが今日ってワケだ。」
男はフードを取っ払い姿を見せる。その容姿は童顔で緑がかった黒髪に透き通った碧い色の目をしていた。
「ただし、自己紹介は初めてだね。」
それはフリーダム連盟で俺達がパトロンを依頼した小さなフロントマン。
「―初めまして。私はフリーダム連盟が盟主、メセナ=フリーダム。」
「あの!?」
俺が驚くとメセナは手を振ってみせる。
「やっほー。」
名前を聞いてから湧き出すように感じる。沸々とした威圧感。世界最高峰のマスターシーカー、メセナ=フリーダム。トライデント外での活躍は無く、斜塔街を出れば知名度は下がるものの、ここでは支援者含め加盟者の所要人数№1クラン、管理能力に長けていることは周知の事実であるが、シーカーとしての実力もアポストロフ
「メセナ、だって…?」
「そうだ。メセナは私の同期。クランフリーダムがまだ連盟じゃなかった時は、つまりお互いまだ、本当にフリーダムだったころは、よく一緒に悪さをしていた。」
「―本当にフリーダムって、ソフィア。シーカーはいつだって自由なものだろ?」
メセナは笑いながら返す。
「どうかな。」
ソフィアも笑って言い返した。俺とテツは唖然としながら紅茶をすするメセナを見つめる。フロントマンとして出会った時よりは妙に落ち着きが有り、妖艶な風格がある。魅力、カリスマ性、と同時に底知れなくて掴みようのない雲のような彼の心理。そこから享受し腹の中で膨れる違和感。
「さて…、」
そしてメセナは一息ついてカップを置いた。
「私はフリーダム連盟から単独で、ソフィア・ラインズに同行しようと思っている。すなわちクランフリーダムとラインズの極秘共同戦線だ。そして同時にユーヴサテラとの共同戦線となる。今日はそれを理解してもらいに来た。」
昨日の今日でまさかの展開だ。正直追い付かない。しかし、ソフィアに連れてってもらう身の俺たちとしては、そもそも断りようが無い話。それもマスターシーカーが一人増えるという圧倒的利が有る。しかしそれには一つ、突っかかりがある。
「俺たちに拒否権は無い。ただ俺たちはノイマだ。あんたの足を引っ張るかもしれないけど。それでもいいのか?」
俺の言葉にメセナは静かに笑った。
「―ふっ、誤解だよ。ユーヴサテラ。」
メセナは手袋を脱ぎ茶菓子をつまみながら俺に言う。
「私の固有魔法は特殊系統で、魔術増強系なんだ。だから、どんな新米冒険者でも宛に出来るし、どんなノイマも断ってきた。それが今日のフリーダムが躍進している理由なんだよ。」
淡々と話しながら、メセナは菓子を取る手を止めない。
「ムグムグ…。さて、腹を割って話したんだ。情報には情報がシーカーの鉄則、君たちの能力を聞かせてくれよユーヴサテラ。」
メセナはクッキーのカスを皿から上品にすくい上げ、手の平から口の中へ流し込んだ。
「――食いしん坊め…。」
ソフィアは呟く。メセナは笑う。彼はやはり曲がりなりにもシーカーらしい。どうせ重要なことは何も無いし、教えてやることにデメリットは無い。
「能力なんてものは無いよ。俺は魔法が使えないから近距離特化型の護衛、ただ"血操魔術"を少し覚えてる。奥の手としてだが、基本的には...」
「ーそうだね。使わないべきだ…。」
俺の言葉に食い気味でメセナは言った。言われなくてもリスクが有ることは分かってる。
「へッへッ。以前、血操魔術者に魔法をかけてしまったことが有ってね。血が足りなくてソイツは死にかけた…。それ以降受け入れて無いんだ、ノイマ。」
何とも図らずして、地雷。
「そうか…。」
「うん、遮って悪かった。続けたまえ。」
「あぁ。…えっと、横に居るテツはクランの副リーダーで、ダンジョンでの役職は先導者兼、索敵者。武器はオーパーツの銃を扱う中遠距離戦闘型。テツの銃は魔法の弾を撃つが、メセナのも含め外部の魔法による干渉は難しいと思う。近距離戦闘もナイフ術が抜群に巧い。単独探査ではジマリの二層から終環点まで到達した。」
「ふむふむ、へぇ、私の魔法によるデメリットも無く、単独での隠密行動能力、状況掌握能力、リスクの低い遠距離攻撃能力を兼ね備えた典型的なソロタイプの…、たまげた…、滅茶苦茶優秀なシーカーじゃないか!―ソフィア。君よりも偉いよこの子は、是非うちに来て欲しい!」
「へッへッへ~、あげねぇよメセナ。」
ソフィアは上機嫌に言う。あんたのでもねぇよ。
「あとは、非戦闘員だ。応急手当が出来る薬師兼、運搬者のプーカ。」
「おいおい、あの丸っこいのだろ?アレが非戦闘員だなんて笑える。うちのトマスのメンツが立たない。」
メセナ笑いながら言う、彼はプーカの顔を知っていた。言わずもがなトマス=ダリアスを殴ったからである。
「その件については本当に悪いと思ってる…。あとは技術士のリザ、彼女はオーパーツの復旧、改造利用、拠点開発が出来る、そう考えれば建築士も兼用だな。最後にアルク、貿易人。ダンジョンでは何もできないが日常生活レベルの魔法を使える。」
「ん、少しでも使えれば充分だ。あとは褐色肌の女の子だね。」
――エルノア…。あいつのことは伏せて置こう。
「以上がユーヴサテラの構成員だ。そう言えば俺たちはソフィアの能力を聞いて無かったな。」
俺は話を逸らして話題を変える。
「あれ、それじゃああの子は知らない人だったのかな?それとも目撃情報に差異が生じているとか…?」
突っかかってくる人だ。情報に対して貪欲。嫌われるぞ、メセナ=フリーダム。
「そんな奴は知らないよ。」
「私も見ていない。」
ソフィアも答える。
「そうか。ソフィアがそういうなら…。ふーん?」
メセナはジトっと俺の目を覗き込んでくる。
「…ふーん?!」
げ…、しつこい人だ。でも、洞察力が有るんだろう、だから自らフロントマンなんてやってたのか、それともマジで暇人か。なんにせよメンドクサイ。はやく変われ、話題。
「確かに、私のを言ってなかったな…。―私は言わずもがなソロシーカーだ、基礎的なことは網羅している。メインの武器はオーパーツのダガー、と言っても長さが変わるくらいの代物。基本は魔法を扱ってる。もう一つはリリーズっていうオーパーツの麻紐だ。生きものみたいに植物を取り込む伸縮自在、変幻自在、強度充分の紐。テントになったりハンモックなったりカバンになったり、なんでもできる。」
「うん、美しい道具だよ、まったく。」
メセナは惚れ惚れした顔でリリーズを眺める。
「それじゃあ、今夜はこの辺にしよう。今日は丸一日何も食べていないんだ。ソフィア、御馳走してくれよ。」
そう言うとメセナは自身のローブを畳んで立ち上がった。
「なんだよ、そういうことか…。」
「さぁ…遅めの晩御飯だ、待っててねリリーさぁ~ん。」
メセナはそうして腹を鳴らしながら客室を飛び出していった。