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③テハリボ大耕地前

 

 俺たちは正面から見て斜めに建てられた大きな門をくぐり、

 壁と壁の間にある坂道を蜷局とぐろ状に登っていく。

 内壁の構造は、まるで異形なカタツムリの中みたいだ。


「各国を常勝で回ったとある敵軍の歩兵に「死にゲー」と絶望させるほどの防衛機構には深い秘密が。例えば、城壁の中にはもう3枚の壁が有りまして、合間合間にはトラップが張り巡らされております。人二人分程であれば直線の通路も御座いますが、大きな道ですと2kmほど迂回をしなければなりません。」


「げっ、2km?」


 リザは{蜜出しの木の細枝}を加えながら渋い顔をした。

 一枚目の城壁は黒色であった。

 外側から見れば戦意を喪失するような重々しい黒色である。

 しかし、内壁には街を想わせるレンガの模様や、

 こども達が描いたと思われるエキセントリックでモダン的な絵がずらりと続いていた。


「はは……、随分と可愛らしい。」


「保育園と小学校の卒業絵ですね。進軍する蛮族らも、これには複雑な気持ちを抱えることでしょう。」


「やはりそういう意図ですか、タハハ。」


「これらの城壁や防衛手段のあれこれには、残念ながら多大な維持費が掛かってしまいます。しかしそのおかげで、この国は大陸1の堅牢を誇っているとも謳われております。」


「維持費は、幾らくらいなんですか?」


 アルクがすかさず金の話を始める。

 そういうとこだぞ。


「それは秘密です。」


「でしょうな。」


――なら聞くな。


 アルクは腕を組んだまま「ウン」と頷いた。

 恐らく維持費から国防費、

 延いては捻出可能な武器の売価を逆算する気だったのだろう。

 案内人ガイドは笑顔のまま話を逸らすように、

 次のトピックへと舵を切った。


「さて国土は5ha、全体の2分の1は建築や防衛施設、もう半分は田畑や家畜を世話する場所です。ここを抜けると見えてくるのが・・・」


 素晴らしいバスガイドの声を片耳に挟みながら、

 窓の外を流れる城壁の絵を眺めている。

 魔法世界の小学校や保育園とは、

 一体どんな場所なのだろうか。

 残念ながらその答えを、俺や彼女は持ち合わせていないだろう。


 俺は退屈そうに窓の絵を眺めるプーカと目を合わせた。


「ナナシ、茶ぁーまだ?」


「プーカちゃん。さっき飲まねぇって仰ったでしょ?」


「え?」


――え?じゃない。


 プーカは何事も無かったかのように驚いた顔をした。



―――――――――


{テハリボ城下街}


 合計4枚の壁を迷路のように越え、キャラバンは高い城壁に陰る街々を視界に移す。


「おぉ~。」


 大迫力。


 視界一杯に入る街々の光景は、

 まるで大事なものを押し込んだジオラマのようであった。

 内壁には森や空の絵が描かれており、

 閉鎖感を緩和しているようだ。

 しかしその壁の中にも、

 幾枚の窓から無数の通路や部屋を覗き見ることが出来た。


「――人口はおよそ300人。

 見込みの有る"若者"や好奇心旺盛な者、愛国心に溢れ第二の暮らしを求める健康な"老人"などは、積極的に国の外へ出向き、近くの村で暮らしたり、ウェスティリアへの留学や引っ越しなどを行って、それで300人前後。多くて350人を超えないように人々が暮らしているのです。」


「なるほど。」


 城壁の中には軍服を着た人間が見える。


「生活はみな厳しいですが、戦乱の世においても平和を願い続け、大陸1の最高の防衛力を保持するこの国は我々国民の自信と安心の源、そして偉大なる誇りなのです。」


 俺は肩に乗った黒猫エルノアに小声で話しかける。


「良い国だな、エルノア。」


「全くだな。」


 エルノアは皮肉屋である。

 そしてこの声色は皮肉を上げる時のものだ。


――まぁ分からなくも無い。


 ガイドの話も裏を返せば、

 この国は民が防衛費の為に貧困に喘いでいます。

 反逆者や反乱分子を簡単に追い出せます。

 という意味にも取れる。


 しかしそれでも、

 戦争を自ら起こさないというスタンスは、

 とても興味深い。

 まぁ「起こせない」が正しいニュアンスなんだろうけれど。

 


「左右に広がりますのが、テハリボ大耕地です。国民の食料はここで賄っていますので、農家は大切な公人です。というか、もはや村に近いものが有りますね。

 領土はと言えば、この国の周りには広がっていませんから。防衛を司る兵士も国の運営者もみな公人扱い、思えば国民の大多数が公人なのです。」


 耕地で育っているのは恐らく根菜だろう。

 戦時における最優先食料は腹持ちの良いイモ類だからだ。

 それにジャガイモは劣悪な環境下でも生育する。

 太陽が当たりづらく住居から離れた場所には家畜の小屋が建てられていた。

 まるでテトリスのように敷き詰められた施設には無駄が無い。


「ゆとりが無いな。」


 黒猫が呟いた。

 モノは言いようである。


「……そんなんだから黒猫なんだよ。」


「おい、爪を研ぐぞ。」


――どんな脅しだ。


「ユーヴサテラ様の目的は武器の売買という事でしたので、国が管理する武器屋まで案内させて頂きます。ちなみにこの国では武器屋や鍛冶師も"公人"です。内部から侵略されては、堅牢な城壁を持つ意味が無いですからね。」


「分かりました……。」


 アルクは少し戸惑った顔で頷いた。

 恐らく大幅な値段の交渉が難しいと見たのだろう。


「武器を売買された後はお好きに滞在なさってください。観光の栄えた街では有りませんが、歴史館などは大変面白いですよ。何分、この国は敗けたことが御座いませんから。」


「ほう。」


 案内人ガイドの青年は楽しそうに笑って言った。

 見れば街の人達にも笑顔が溢れている。


「余所からこの国に越してくる人はいるんですか?」


 俺は敷き詰められた軒並みを眺めながら尋ねた。

 街々にも、道の幅や家の大きさがある程度決まっているようにも感じられる。


「……うーんと。えぇ、少数ですがおりますよ。大体は婿に入られる方か、戦争を嫌って逃げ込んできた退役軍人といったところでしょうか。

 別段迷惑だとは思っていませんが、増えすぎるのは良く有りませんね。何せ、領地の外は強いモンスターがいますから。田畑は直ぐに壊滅しますので。トホホですよ。」


 だから成り立たないのだろう。

 きっとこの国は300人前後という人口でしか存在し得ない。

 つまりこの現状はこの国の最高で有り、

 揺るぎない最低ライン。

 技術の進歩が無い限り、

 予算不足である現状は変わらないが、

 それを国民全員が良しとしている。

 全くもって欲の少ない、稀有な国である。


「――平和だな。」


「どうかな。」


 黒猫がボソッと囁いた。






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