⑬ギルドの酒場
クエスト受注書には予め目を通しておく必要が有る。ダンジョンで見つけた何気ない草や鉱石も、地上なら金貨銀貨に変わる可能性が有るからだ。まさに一石三鳥、四鳥、折角ダンジョンに潜るならリターンが有るだけ得だろう。取り分け相手をしなくていいようなモンスターと当たった時、もしそいつが討伐対象なら俺たちのモチベーションは天地の差で跳ね上がる。
「なぁ、テツ。俺たちのレベルはいくつ位だと思う?」
俺は掲示板を眺めるテツを横目に、受注書の難易度を見ていく。
「うーん。レベル2かな…、最初だし。」
「そっか…。」
別段、否定するような事でもない。冷静かつ若干に過少的分析、でもそれでいい。探り探り丁寧にダンジョンを攻めるのだ。シーカーに早とちりや過大評価といった類の油断は禁物である。この街のレベル2とはおおよそ第四層到達レベルの冒険者のことを言うらしい。一日で四層も下れれば万々歳だ。
「なら203ー53、213ー89辺りか。」
「うん。…欲張らずいこう。」
クエストの達成は早い者勝ちだが、容易なクエストには受注人数に限りがあるものが多い。すなわち、定められた受注者の中で総合的に結果を出すか、競争をするのである。ソフィアから聞いた話によれば、クエスト番号には意味が有り、理解していればクエストに対する包括的な理解も早くなる。例えばクエスト番号{203ー53}なら{推奨レベル2=第四層到達レベル、種類0番=採集系、階層目安=3層前後ー53番目の依頼書}ということになる。種類1番は討伐依頼、及びモンスターからの戦利品。など、ここの番号には、階層区分がハッキリしており、かつ規模が大きいというこの街のダンジョンらしい意味分けがされている。普通の街であればクエスト番号なんざ、ギルドが受注した順番でしかない。
「じゃあ申請してくるわ。」
俺は残り数枚の203ー53と、残りが一枚の213-89の受注書に手を伸ばした。
「おぉい、ちょっと待て...」
見覚えのある男が俺の受注書を引っ張り去った。
「この依頼書は俺のものだ。」
「じゃあ、その受注書は渡してくれ。」
俺は揚げ足を取り、大男がつくる影の中で笑った。
「――どっちでもいいんだよォ!!てめぇらには未だ早ぇ、これは俺様のだ。」
受注書は誰がどのレベルを受けてもいい。むしろ依頼主としては、レベルの高い冒険者に安定した仕事をしてもらう方が好ましいと考えるだろう。すなわち体の良い合法的ルーキー狩り。
「アンタはレベル4だろ、トマス=ダリアス。」
良く腫れた顔が痛々しい。腹立たしい相手では有るがその顔面を見れば一転、気の毒に思う。
「ならてめぇらはレベル2かい?ルーキー。」
「―俺たちはそう思ってる。」
「ちげぇな、どこのクランに支援されて許可が下りたのか知らねぇが、そのパトロンは無責任甚だしいぜ…。―いいか!てめぇらユーヴサテラはレベル0だ!!―みんな聞いてくれェ!!このレベル0クランは、子供と無魔を引き連れてレベル2に挑むそうだァ!!なぁ、おい、ダンジョンは託児所かぁ!?」
聴衆は嘲笑の渦を生み出し、俺たちを取り巻く。朝帰りの冒険者で昼から飲んでる奴は特に声がデカい。
――ハハハハハ……。俺も周りに合わせ、心の中で笑い飛ばす。
「メセナさんに話を聞いたが、てめぇらのステータスはほぼ皆無だったそうだなあ!滑稽!括弧そこのちいせぇ女以外!!」
ダリアスは嘲笑いながらテツに指をさす。しかし客観的な意見としては何も間違っていない。それにメセナさんとは恐らく、フリーダム連盟盟主、メセナ=フリーダムのことだろう。このクランは新人の支援を容易にこなしてみせるだけに、メセナ本人と簡単に話が出来るのなら、本当にコイツはフリーダム連盟の幹部なのだろう。
「分かった。何が言いたいんだ?」
俺は敢えてダリアスの意思を吐き出させる。結局こいつは満足したいだけだ。言葉のパンチをサンドバッグのように受けてやったら別の受注書を密かに探そう……。
「あん?注意喚起だ。ギルドではダンジョンに入る前の足手纏いを覚えておく必要が有る。せいぜい浅層で半殺しにされることだな……」
ダリアスは一通り笑った後、急激にテンションを落とし、「フリーダム連盟様」と書かれたプレートがハマる面談室に向かって歩いて行った。
――なんだ、あいつ。
心の中で呟く。テツは依然ポーカーフェイスだが、しばらくは何もない壁を見つめていた。
「それじゃあ…。申請してくるわ。」
俺は同クエスト番号の二枚を掲示板から抜き取りカウンターへ向かった。
「受付致します。」
大人しめの声で受注書を受け取るカウンター越しの役員と、こちら側、俺の隣には、聞き覚えのある声で手続きをする軽装の男が横目で話しかけてくる。
「大変だな~、お前らも。」
先日のふざけた面持ちとは一転変わり、彼は真面目な表情で黙々と作業をする。
「ルワンさんも大変そうで...」
フェノンズが申請していた受注書の束と、新規受注した紙の束。そこからクリアしたものとしてないもの、諦めたものを振り分け、彼は受付嬢と一緒に大量に重なった紙の束を纏めていく。
「へへ、…ルワンでいいよ。君は部下じゃないし性に合わない。」
ルワンの提出した新規受注書はレベル4前後の深層帯クエストばかりで、高難易度ダンジョン攻略中に片手間でやるような、それも"出来たらやろう"くらいの無理難題ばかりであったが、しかし、彼らが達成し、片付けた依頼書の山にも同等レベルのものばかりが積み重なっていた。
「気にすることじゃないよ。僕も魔法が苦手だったけど、今はフェノンズで活躍出来てる。まぁ、魔法が完全に使えないならアドバンテージは大きいけど。そこは…努力次第さ。」
仮にも№2が魔法を毛嫌いしていたクランなだけあり、無魔には理解が有るらしいが、それでもトライデントの冒険者たちはそのほとんどが上位魔法を操る。
「おい、終わったか?」
「――ロウライ…。いやぁー、未だ、彼がうるさくてねぇ~。」
堅物の塊のような奴がルワンを急かす。こいつ、トマスよりもデカかったのか。
「おぉ、ユーヴサテラ!」
「……申請が終わりました。」
受付嬢が淡々と話す。
「あ、ありがとうございます。」
ルワンは申請の通った俺たちの受注書を一瞥して、また自身の作業に戻りながらニヤリと笑い、こう言った。
「でも……。あのミックさんを助けたクランだろ?―俺は、興味深いよ。」
彼は小声で呟くように言う。
「――それじゃあ。」
そして手を止めカウンターに肘を付き、振り向いて俺に一言告げた。
「――ダンジョンでまた会おう。」
「うむ。」
ロウライも頷き、振り返った俺の背中を叩いて押した。