⑫ククルト・フランデ
第19譚{斜塔ダンジョンの街 上層}
「顔は出さないのか?」
「知るか。居心地いいなぁ~、ここ。」
シーカーらしいラフな軽装、使い古した色合いだがホツれも崩れも一切ない最高級の防護服。ソフィアの装備は曲がりなりにも戦う人間のソレであった。しかし、彼女はやる気なさそうにリザの隣で足を伸ばしてくつろいでいた。
「キャラバンシーカーとはな…」
「ソフィーはずっとソロなん?」
プーカがソフィアの長く伸びた後ろ髪をクルクルとイジリながら、彼女に質問する。
「そだよ。サテラに影響されたんだ。しかし可愛いな~このネコ。」
「愚かな姉妹だ。」
満更でも無さそうな顔をしながら、目だけは反抗的なエルノアがソフィアを睨んだ。
「おいおい喋るのかよ、超かわいいな。ヨチヨチヨチ。」
「や…やめろ。」
完全に撫でられに行っている。誰にでも尻尾振りやがって。
「まぁ、ソロってのは100%仲間が死なないからな。仲間の為に自分が死ぬことも無いし、楽なのさ。…なんて。さて、着いたな。」
ソフィアはそういうと帽子を目深に被り顔を下げた。
「ギルドに話は通してある。目標到達層は4階、人数は5人で提出してこい。届け出主は無論ナナシだ。」
「5人?」
「あぁ、私はスニークする。色々と厄介だからな、ネビュラとかアルデンハイドとかアルデンハイドとか反吐が出る。」
「何が有った。」
「聞くな。因縁さ、」
そういうとソフィアは訝しげに目を細めた。
「じゃあリザ、搬入は任せた。大入り口で落ち合おう」
「了解。」
俺とテツは書類を持って久方ぶりのミヤさんの元へ向かう。プーカも来たそうな顔をしていたが、しばらくは大人しくして貰おう。
――――――
{トライデント地上街一階層中央・ギルド本部}
「お久しぶりです。一先ずは、おめでとうございます!しかしながら無茶はしないでください。ソフィア・ラインズは一匹狼な方ですので、今回の動向は不可解な点が多く、皆さんの特異性も理解した上でですね、…とにかく!私が担当な以上、ダンジョンで死ぬことは許しません。それを踏まえた上で、今回の届け出は受領させて頂きますので、ぜひ慎重にお願いします。」
「分かってます。ただ、僕らはシーカーです。」
テツが含みを持たせて言い切る。ダンジョンでは時としてクランの命運をテツが左右する。それが導き手としてのテツの役目。ダンジョンにおける彼女の責務。
「そうですか、いいや、分かっています。だからこそ私に出来ることはこのくらいなんです。ユーブサテラ、貴方がたの無事を願います。」
ミヤさんは立ち上がり、俺たちの届け出を抱えた。
「ありがとう、行ってきます。」
「行ってきまッ」
テツと俺も立ち上がって、ミヤさんに手を振った。ダンジョンとは何か、どんな場所か、長年ギルドの受付を担当しながら自らもシーカーとして探索に更けた獣人ククルト・フランデという人物がとある言葉を残した。『ダンジョンとは人が死ぬ場所である。』ダンジョンの輝かしさも、そこから掴んだ栄光も名声も、全てを知り尽くした彼女が生前に残した警句。その言葉に含まれた意志が、ミヤ・フランデにも受け継がれているのかもしれない。俺たちは面談室を出て酒場に戻る、何か簡単そうなクエストでも見つけられればなおいい。トマトを買ってやってってもいい。旅は長い。目標は遠い。しかし、俺たちの背中を押すように、昂らせるように、酒場には同じダンジョンを攻める冒険者たちの活気が生きている。