⑨ソフィア・ラインズ
「ココだ、止めてくれ。」
ボロボロの民家に挟まれてポツリと建つ一軒の教会が、今にも崩れそうな雰囲気で俺たちを待っていた。
「廃墟じゃねぇか…」
「俺も内情は知らん。ただ、この場所にミックさんの妹である{ソフィア・ラインズ}が住んでいることは確かな事実だ。現に私もミックさんの護衛で何度かここに来たことがあるが、まぁなんともミックさんに似ていながら奥ゆかしさとダラしなさの塩梅が...」
「綺麗なんか?」
プーカがふわっと言葉を漏らす。
「あぁ、それはもう...、なッ!?――まぁいい、キャラバンはそこに止めておけ。」
「公園はマズいだろ。」
飴を咥えたリザが頭を掻きながらロウライを眺める。
「大丈夫だ。このロウライの名に懸けて、そこに止めて置けば万事よろしい。」
「まぁ、良いけどよ。盗まれたらどうすんだ…」
時間は有り余っている訳ではない。俺はキャラバンが未だ動いているままに飛び降り、教会の正面扉へ歩いていく。プーカも一緒に背中へ付いてくる。危ないことをすると真似するから止めろって上級生の騎士見習いに言われたことがあったが、この世界は往々にして何をしても危険が付きまとう。
「大丈夫か?」
「よゆー」
「そですか。」
インターホンは無い。ドアに着いたノッカーを叩き扉から不快な音を幾度と鳴らす。反応は無い。
「失礼します。」
「しままッ。」
教会の扉をギギッと開く。ここまで管理が行き届いてないと人がいるかどうかも怪しい。
「勝手に入ったの?」
後ろからテツがヒョコッと顔を出す。
「ノックはした、その後意図的に気配が消えた。」
「だからって、」
間違うことなき不法侵入。しかし、相手はミックの妹。回りくどいことは時間の無駄だ。床はミシミシと音を立てる。割れたガラスが散乱し、埃は積み重なり、踏んだ場所には足跡が着く。外装は確かに教会だが礼拝に適したスペースは教会内部の4分の1にも満たない。
「こっちだ。」
仄暗いろうそくの暖色が漏れる部屋。僅かに感じる空気の生温さに、人の気配を感じる。扉はキリリと古い音をさせるが使い慣れたといった具合にスムーズで、俺たちを素直に招き入れた。足元はパリパリと音をさせる。割れた酒瓶、小洒落たカウンターバー。すなわち、この教会の一室には背信的ながら酒場が有った。
「おい。」
液体のように潰れた女が俺たちに声をかける。気が付かなかった。背中越し、後ろのソファーにもたれ掛かり、酒瓶片手に前髪で目を隠している。
「カミサキサテラは、他人の家には勝手に入れと、そう教育しているのか?」
「ふん……。」
カミサキ・サテラとそう呼ぶものは、彼女と親しいものか、或いは彼女に恨みを持っているもの。どちらに転ぼうと警戒するに越したことはないが、サテラを笑いのタネに使われるのは、癪だ。
「悪い。……ダンジョン、と間違えた。」
雰囲気は何故かバチバチだ。プーカが小声で「汚っ」と笑う。しかし、しかしこんな飲んだ暮れでも無制限領域者(マスターシーカ―)だ。だからこそココに来た。
「へへッ、ヒック。」
飲んでいる酒も最高級の地酒。それもゴロゴロと四本は開いている。こんなものを毎日飲んでいるのか。
「良い口だ。...さぁ、単直、うっ、単ちょ直入、言えよッ!」
――めんどくさそうな奴だ。こうなるならもっとマシなクランに、フリーダムでも良かった、ルーテイクというクランにはあと一歩で入れた。暴力沙汰さえ無ければ、こんな酒カスに出会うことも無かった。まるで、全くもって、乗り気じゃない。
「俺たちを支援しろ。」
そう言うと、ソフィア・ラインズは食い気味に言った。
「――条件だ。私を49層まで!!連れてけぇえええッ!!!」