⑧誰ぞ彼
「まぁ、仕方無いだろ~、...あ、それはそこ置いといて……。君らのことはステータスでしか計れないんだから、成功報酬も払ったしさぁ、私にも立場があるからね~」
ガヤガヤとした喧騒を背中に、電話越しのミックが忙しそうに喋る。
「あっ、恩を売ったっていうならもう一人、あんまりオススメはしないけどね~、どうしてもって言うなら当たってみると良いよ、所在地はー、えっ…と、斜塔街地上一階層東区東門…」
ミックが提示した住所は斜塔街の中でも弱小クランが多く、弱小クランが多いということは自治自警というものが滞っておらず、すなわち斜塔街の中でも選りすぐりの悪が集まる溜まり場のような場所だった。
「名前はソフィア。ソフィア・ラインズ。」
「ラインズ?」
「勘の良いガキはなんとやら、私の妹だよ。一応君のとこのアレみたいに姉さん大好きのシスコンだから、何とかしてくれるかもね~、してくれないかも、んっじゃ!!」
電話はガチンと甲高い音を鳴らし切れる。これは連絡用の通信石が金属に叩き付けられた音で、受話器が壊れる原因になる。つまるところ、そうとう忙しかったらしい。
「どうだった?」
鎧フル装備の重厚なフェノンズの防人が訝しげにこちらを見てくる。
「許可するだって。」
「嘘を吐くな。ミック殿からは来ても追い出せと言われている。」
――用意周到じゃねぇか。俺たちが来ることも想定していたらしい。
「ちっ、他を当たれだってさ。」
「おぉ、ふふ。――いや、それはとても残念だ。」
――だだ漏れだぞ。喜びが。
「あんた、斜塔街は長いんだろ?」
「あんたでは無い。ロウライだ。ロウライとは斜塔街では伝統的な名前。生まれも育ちもここだ。」
「じゃあ、ソフィア・ラインズを知っているか。」
その言葉にロウライは顔を曇らせる。
「お前たち、ソフィア・ラインズを勧められたのか...。いいや、無論知っている。一応フェノンズは、君らに確かに恩があるらしい。せめて私が案内しよう。少し待っていてくれ!...ルワン、後は任せたぞ。」
ロウライはドスドス重い足取りで、守衛室から抜け出し、フェノンズの豪邸の一角に設けられた自室へ着替えにいった。
「お前らよかったなー。へへ、ソフィアさんは超美人で人当たりも良くてお前らにはお似合いの人だぞ。」
ルワンはヘラヘラ笑っている。
「なんだよ。」
「なんだよ。」
プーカが残ったルワンをジトーッと見つめ、唐突に何もない空へ指をさして言った。
「あ、ソフィア。」
「ぼぇ※るだ△うぇえええ!!?――ひぃぃいいいごめんなさいッ!!!」
ルワンは飛び上がり、守衛室の壁に背中を打ち付けた。もはや俺達には不安しか残っていなかった。