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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第18譚{斜塔ダンジョンの街}
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⑤赤い衝撃 前編


 地上街一階層の丁度中央に位置するギルド本部の個別相談室を出て、はや30秒。ギルドが運営する酒場には木の板の表がペラペラと回転しながらクランの序列やら今日の成果やらランキングとして伝えていた。酒の種類はジマリのタバーンとは比べ物にならない。特に野菜を使ったカクテルだとか、生ビールだとか、一見して高そうな類も安価で提供されまくっている。飯のレパートリーも豊富だ、やや肉類は魚やタコなどのシーフードに偏っているが、ミノタウロスのステーキ、地下竜のテールソテーなど、陸上生物系はダンジョンで獲れるらしい。


「野菜ばっか…。」


 嘆くプーカの淀んだ眼に対し、アルクは宝を見るような輝かしい眼をしていた。


「地上4階層、5階層、屋上には良質な土壌が有って丸々栽培所として機能してるらしい。ダンジョンからも栄養豊富な野草や肉、魚が沢山獲れるから食料には困らない。究極の地産地消。例え世界が滅びても、この街が有れば人類は絶えないだろうね。」


――ごもっともだ。この街はもはや国レベルで資源を蓄えている。


「トマト嫌い~。」


「でもプーカ。海鮮ピザに、海鮮パスタ、ここの料理はトマトと相性がいいみたいだぞ。」

 

 リザがさりげなくフォローをいれる。というか事実、ここの料理は評価が高い。圧倒的な食材のレパートリーが可能にする豊富な料理の組み合わせ、特段、その年に獲れた一級品は上位クランが独占し懐石料理として提供すると言われているが、それがまた各国の要人、冒険家、金持ちらを唸らせてきた。つまりこの街はダンジョン街という一見野蛮な様相を呈しているが、実際は珍しい造形を持つ斜塔と、そこから一望する大海の景色が人気を博す観光都市としての側面すらもつゴージャスな街。その一級ホテルに値する場所が正に{アルデンハイド}が所有する六階層エリアということになる。


「プーカ、これあげる。」


 テツが何気なく買ってきたバスケットの中から、楕円刑の赤い食材を一つプーカに渡した。


「なにこ...トマトじゃん…。ねぇ。トマトじゃん。」


 ミニトマト、という程のサイズではあるが見た目はシャインマスカットを更に細くしたような奇怪な形をしている。


「みんなもどうぞ。」


 俺たちに給料のようなものは無いが、アルクが振り分けたおこずかいが存在している。つまりこのトマトはテツの奢り。


「テツ様、いただきます。ありがとうございます。」


 俺たちは5人は机の中央に置かれた小さなバスケットを囲んで、その奇怪なトマトを眺めている。


「ではでは、、、実食。」


 中々に恐る恐る、冷やされたトマトを口に頬張る。歯に当たる。噛んでいく。プチッと弾ける果皮、ドロッと溢れる果肉、いつも通りのフレッシュな感触、尋常でなかったのはそれらが下に触れた一瞬の感動であった。


「おおおおおお…、甘ぇえ!!」


「ホントだ。フルーツみたいだ。エグみも全くない」


 アルクも驚いたといった顔をする。食べ方の上品さに定評のある我らがドライバーも、頬の痛みを抑えるように手で擦っていた。


「ふんむぅぅぅう」


「美味しいね。」


 テツが買ってよかったと満面の笑みで二つ目を頬張る。さりげなく首元に乗ってきたエルノアにも俺はトマトを差し出した。猫には少し大きいだろうかと思ったが、彼女は一口で噛みしだく。


「どうだ。」


「ふん。悪くない。」


「えぇ、そんだけ?」


 リアクションの薄いエルノアを笑ってみていると、彼女は肩から飛び降り、一回転して人型に身を変えた。長かった髪の毛はいつの間にか短く揃えられていた。俺はテツと目を合わせ指でチョキチョキと鋏を作る。


「切った?」


「うん。ママみたいにして、ってね。」


「――おい。」


 エルノアがテツを睨み、テツはまぁまぁと彼女を宥める。


「ふん。」


 エルノアは、まぁいいといった様子でトマトを手に取り、口に頬張って咀嚼する。


「ふんむ。」


 咀嚼する。


「んむ。」


 咀嚼している。


「グンム…!!」


 咀嚼をしながら、徐に顔面を手で覆い顔を隠す。それを見たリザは彼女の脇腹を不意に突いて、反応した拍子に、涙を流しながら笑みを嚙み殺すエルノアの顔が露わになった。


「やめろよぉ…!!」


 そう言いながら、もはやクールさを維持することなく、食い意地を張ったままにエルノアが三個目を掴んで口に頬張った。


「やめろよぉ…。んむ、んむ。」


――何をだよ。


 人間の味覚は猫の十数倍と聞く。人型になるのは面倒だと、頑なに猫のままでいる彼女も、みんなが美味いと言えば時たま人に戻ってさも平静を装いながら、とても美味そうに飯を食っている。


「むむむむむむ…!!」


 いたたまれないといった表情をするのは、クラン1の食いしん坊である。


「プーカもぉ…」


「も~?」


 リザが二やつきながら腕を組み、横目でプーカを見て相槌を打つ。


「――食べる!!」


 口に放り込んだ赤い1個。宙を舞い、舌に触れ、噛み潰し、芳醇な香りと高い糖度を持つ最高峰の果肉が、プーカの口いっぱいに広がっていった。


「―どう?」


 長い咀嚼と沈黙の後、彼女の閉ざされた口が再度開く。


「―ブッ、、、ブォーナァアア!!」


 天を仰ぎ、プーカは頬を揺らした。



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