①夜更かしのキャラバン
第18譚{斜塔ダンジョンの街}
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「どうした?」
「発作。」
暗闇の中からふさふさの毛並みが近付いてくる。バースでの夢のような生活から一転、キャラバンを広げて(車中泊)キャンプをしている。プーカの部屋二つ分が左右に伸びて、屋根裏のロフトも二階と呼べる高さにまで縦に伸びる。敵がいない公共のキャンプ地や管理地域の中、キャラバンの中から物を売る時などは偶に広げたり、敵さえいなければ往々にして快適だったりする。俺は近付いてくるエルノアが撫でさせてくれることを期待していたが、彼女は腕を擦り抜けて俺が転げ落ちたハンモックの中から、二足で、人の素足で、しっかりと立ち、毛布を掴んで俺に被せた。このキャラバンは木造だが底冷えはしない。地べたも夜は入れ替わる。土足厳禁、汚物無用。清潔そのもの。
「優しいな。」
「命令だからな……。ボクの意思じゃない。」
「セカイはもう、お前の主人じゃないぞ。」
「そうだな。」
エルノアは黙々と服を脱いで毛布の中に潜り込んでくる。
「何、好きなの?」
「殺すぞ。君の発作は厄介なんだ。」
呑まれそうな闇の中で、背後から来る冷たい腕に巻き込まれて引っ張られる。視界は狭く、思考はか細くなる。呼吸は徐々に上がっていく。固まった肺を必死に動かし必死に空気を取り込んでいく。それでも酸素が足りない。空気は吸えている。肺にも入っている。循環させている。はずなのに、酸素だけが足りないような感覚。
「...ノアズ・アーク。」
エルノアの腕がスラリと腰に伸び、彼女が微かに呪文を唱える。呼応するようにジリジリと、変形したキャラバンの床が身体を包むように形を変える。まるで蛹のように空間が閉じられ、空気が籠り、エルノアの匂いが鮮明になる。取り込む空気も少し温かい。エルノアの呼吸音が徐々に自分のものになる。
「今だけだ。」
整えた呼吸を確認し、深呼吸を挟んで聞き返す。
「何が?」
「ダンジョンの中では、いつでも一緒にいられるわけじゃない。……だから、君にはおまじないをしてあげよう。」
眠気の中で、エルノアの声を掴んでいる。重たい瞼はそのまま閉じた。寝てしまえば苦しみは無い。薄れゆく意識の中で、頬に触れた唇と身体に触れた脇だとか、胸だとか、お腹だとかの熱さが、蛇のように這い寄ってくる。
「いいかい?」
左耳に吐息がかかる。睡魔の為に失いかけた意識は余力でギリギリに保っている。
「君は、正しかった。」
小さな声だった。それでもハッキリと聞こえた。耳元に近かったせいか、脳みそで反響するように囁きが流れていた。聴覚過敏。これ以上のボリュームは受け付けないだろう。こめかみ辺りの血管の中で、ミミズが暴れているような感覚。眩暈と吐き気と頭痛の反芻。コレが呪いであるならば、なるほど全然割に合わない。