②オルテガの非日常
朝起きて、疲れて眠るを繰り返す。小鳥が囀り、コーヒーを啜る。新聞を開き、手紙を開き、小鳥を撫でる。
授業の準備は人一倍に。教える内容は常に時事的だ。状況や情勢は日々移ろいゆく。溢れ出す情報は一部も逃さず掴み取り、世界の真髄を見定める。探索士とはそういう仕事で有り、それを教えるという彼の特殊な仕事もまた、情報を貴重とするのである。
「お疲れ様ですヘンディ。今日も頑張りましたね。」
小鳥はシャーレにトロリと義眼を落す。
「替えの目玉です。今日も頑張って下さいね。」
その水晶は、けたたましく移ろうこの世界を隈なく覗いて帰るのだ。
「――相変わらずキモいなぁ。」
「えぇ!?」
飛び立った小鳥と代わる様に、窓の縁には最強が乗っていた。
「流石シーカーだ。いかなる事態にも驚かず冷静。」
「驚きすぎて声が出なかったんですよ……。サテラさん、訪問には正式な申請と正門からの入場をお勧めします。生徒の安全を誇る学院のメンツは丸つぶれですよ。」
「私から守れたら軍隊にでも変えた方が良い。それより聞いたさ、フェノンのシーカー団が潰されかけたってね、……ぷぷっ!」
「なに笑ってんですか。」
オルテガは目を細める。
「いやぁ、すまない。しかし天下のフェノンズも落ちたものだねぇ。」
「狙われたのはミックの師団ですよ。実に、情報が漏れていたのだから確かに未熟かもしれないですけれど。本件は深く懸念すべきことです。して、今日はナナシのことですか?」
「まさか、そこまで弟子思いじゃないよ。」
「泣きますよ彼。」
「それは見たい。」
「曲がった愛だ。」
サテラはオルテガの淹れたコーヒーをカップに注ぎ、香りを楽しんでは口に含む。
「――ぶぶッ、苦ッ。」
「なら飲むな……。では、何用で訪れたのですか?」
オルテガの言葉に、サテラは顔色を変えて答えた。
「ずばり、ナナシの件だ。」
「正気ですか。」
「いやぁ、当てられたのが悔しかった。」
「天邪鬼か...。それで図星だった訳ですが、丁度今ナナシを学院に呼び戻そうと考えていました。今回の狙いはミックさんだったと聞いています。ともすれば、教団が求めたのはその情報でしょう……。」
「ミックたんが持ってる情報ね。」
「ミックさんしか持たない情報です。」
「あぁ、懐かしいね。あそこは面白いんだ。」
二人の頭の中では、たった一つの場所だけが鮮明に映っていた。
「斜塔ダンジョン。ナナシたちはまだ、関わってはいけない。」
「建前はいらないよ、オースティック。教育者としての保守的な意見はいらない。今日は最高位の君に会いに来たんだ。」
「……」
イーステンの東端、大地を穿つように聳え立つその塔は、欲望と羨望が入り混じる探索士の登竜門であり墓場。原点であり頂点であり最下点であり最深部。
「世界は単純さを重ね、目まぐるしく複雑に絡み合います。その動きに対し優越を保ちたいなら、そこには単純明快なリスクが必要です。彼らがそれを望むのなら、深淵はそれを拒まない。」
「つまり?」
「私は彼らの裁量に委ねたい。」
サテラはニヤッと口角を上げた。
「そうそう、それが聞きたかった。難儀な話、結局過保護は毒なのさ。それにきっと戻って来いって言っても戻らなかったと思うよ。知ってるだろ、ナナシらは頑固で頑丈なんだ。それよか私はもう一人の身が気になって仕方がないよ。アルデンハイドはろくでなしだって聞くしね。」
「えぇ、それは。……そうですね。」
サテラは清々しい顔をしながら牛乳を飲み干す。それから少々気難しい顔をして探索士課と書かれた書類を叩いた。
「全く、だからアポストルは嫌いなんだ。社会不適合者どもが。」
「泣いてもいいですか。」
「良い大人の泣き顔なんて見たくないね。」
サテラは靴紐を結び、窓を開ける。
「まぁ、もしもが有ればこの世からアポストルが二人消える。」
「ははは。え?」