⑤ナナシ@四人目?
「何かあったのかな?」
「みたいだな。」
細身で長身の男は、色気を微妙に履き違えたようなミニスカートの女を脇につれ、顔を赤く染めて怒鳴っていた。これだから酔っぱらいは嫌いなんだ。
「ツケとけって言ってんだよ!!」
「無理です。」
語気を強めた店員がハッキリと物申す。
『へぇ。――神眼の章典。』
そう唱えた男の前にはディスプレイに表示されたような平面の四角が現れ、中にはグラフや文字列等が記されていた。
「おら、ここ見えっか。俺のレベルは908。職業は大賢者。今はこの【ハーキウの怠惰】っていう呪いによって力を制限されているが、昔はここらのダンジョンで魔物を狩りつくしてた。分かる?英雄なの。S級の。」
――?
「英雄賛美、数功序列。この世界ではレベルが低い奴が高い奴に融通を効かせるのが当たり前。で、お前のレベルいくつなわけ?何か凄い事したわけ?ヌクヌクと飯屋営んでいけんのも、平和に暮らせんのも、誰のお陰なワケ?」
「レベルですか……?」
「ナナシ、レベルってなんだい?」
アルクは小声で俺に聞いてくる。
「分からない。けど固有魔法だろうな、アレ。それもかなり珍しい。」
男は愉悦に浸った顔で"ステータス"と呼ばれたそれを見る。
「へぇ、ナガトってんだ。結構やるじゃん。その氷魔法でカキ氷でも売り出せばちょっとはマシな店構え出来るかもなッ!?けへへへ!!」
俺はそっと立ち上がり、店員の前に表示されたホログラムのような画面を覗き込んだ。
【ナガト・ラティウ】
レベル:207
職業:飯屋・宿屋
属性:自然魔法系『氷』
魔法:①パゴス、②―――――、③―――――、④――――――
特技:湯切り・魔物調理
情報は一部に整合性がある。店員のリアクションから察するに、氷魔法を操れるということも図星だろうか。ともすれば、なるほど。
「へっ、しょーもな。」
大方の予想はできた。
「――なんだてめぇ。」
割かれたリソースのほとんどが、実用性に乏しい内容。
「魔法は想像を具現化して創造する。体内の魔素が、強く念じられた意志を汲み取り形を変えて外界に発出する神秘。転生者ってのは本当なんだろうな。おおよそこの世界では珍しい妄想の類。それとほんの少しの、恐らくは自分でも理解できてないほど僅かな感知系統の魔法。あんたのステータスに記されたデタラメな数値はただの妄想だ。レベルなんざ存在しない。だが、図り取れる何かが有るとするならば魔力量の差異とかか。」
俺は男の前に腕を差し出す。
「あぁ?!」
「触れることがトリガーなんだろ。俺のステータスって奴を見てみろよ。」
渋る男の腕を空いた左手で掴み催促する。
「チッ、なんだ気持ち悪い。」
男は俺のステータスを出す。
【●●●・●●●●】
レベル:0
職業:冒険者
属性:無し
魔法:①――――、②―――――、③―――――、④――――――
特技:早食い・謝罪
特徴:猫舌
「レベル0?ケケッ、足したことねぇ。喧嘩してぇなら表出な。」
――謝罪ってなんだよ。
「あんた、数功序列とか言ってたな?」
俺は新調した剣の刃を三センチほど抜き、親指を当てる。染み出る血は蒸発する様に外へと流れていく。
「けっ、おい刃物使おうってのか?」
「違うよ。ステータスとやらを見てみろ。」
レベルのパラメータが徐々に上昇していく。こいつの感知魔法が血中の魔素を外界に出していた魔力量と誤認識をした為だ。元来存在しないパラメータならば、その精度も大したことが無い。
「レベル999……?」
魔法の力とは、信仰から為る力だ。そしてそれは簡単に為せるものではない。だから少なからずこの男は、自分が作り上げたステータスという概念や、それを取り巻く世界、そこに記された能力を信じている。だからこそその意志は強い念として内在する魔素を魔法へと変えた。自らに呪いという項目を設けたのは、発露しない能力に整合性を与える為。ステータスが持つ矛盾を正す為、無意識のうちに自分を縛ったのだろう。
「はっ、くだらねぇ!!」
「ほ~。」
男は手のひらをこちらへ向け、間髪入れずに魔力を溜めた。
『英雄賛美ッ!!』
男の手からは紫色の小さな魔法陣が広がる。
「キャーッ大賢者様ァ!!」
直後、傍らに居た女がはしゃぐのと同時に俺は男へビンタした。
――バシィッ!!
「いっでェ!??」「うるせぇ。」
『英雄賛美ッ、英雄賛美ッ!!いででででッ・・・!!』
俺は耳をつまんで男の態勢を崩した後、もう一度張り手をして顔面を地面へ叩くようにあしらった。
「げふっ、痛ぇ…。」
「生きてる証拠だ無銭飲食未遂め。見せかけの強さにかまけて横暴な事をする奴は、いつか必ず痛い目を見る。現実を見ろ。お前の実際の能力は、脳みその中に有るステータスっていう概念を"具現化"すること。そして、相手の能力を少しばかり分析して、付け入る隙を作っては催眠に掛けることだけ。もちろん、それだけでも充分凄いし、存外鍛え方によって条件付きならば、本当に上手くいくかもしれない。例えば最初の能力、ステータスにある4種の魔法を本当に特化させるだとかな。俺からすりゃあ、それだけでも羨ましい限りだけども。」
高説垂れるほどに魔法の知識だけはいっちょ前だ。俺の人生は、これがなきゃ今頃は土に還っていた。
「ナナシ……」
アルクは心配そうに立ちあがるが、俺は構わずに主張を押し切ることにした。
「なぁ、転生者。この世界はゲームじゃないけど、例えるならセーブの効かないハードモードってやつなんだぜ?一歩の間違いで何処までも転げ落ちる。今日はそれが小さな代償で済むかもしれない。けれどいつかは命が落ちる。ここはそういう世界。あんたが本当に転生者って言うなら優しくしてやらないこともないし、俺はあんたも被害者だと思ってる。でも誰かに迷惑を掛けるのは穏やかじゃない。だから、金が無いなら皿洗いか、荷物でも置いて家から取って来るんだ。平和と社会秩序の元に食った分はきっちりと払ってもらうぜ。もちろん、俺たちの分もな……。」
俺は颯爽と踵を返し、伝票を真顔でそいつに渡した。一件落着、明朗会計、堅牢財布。
「よし、万事解決した。」
「ナ~イス。」
赤い頬をしたリザが親指を立てる。
「無理があるよ……」
アルクは小声で呟いた。
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「魔法は具現化する。それは思い浮かべた想像の形が詳細なほどに、力強く細かく発露する。だから実際確かに、転生者達は厄介なんだ。思いがけない様な魔法操作、一見チートみたいな複雑な固有魔法、魔法に対してのヴィジョンが明確な人間は潜在的な強みが有る。何はともあれ、魔法は習熟に対して不可逆。じゃんけんで言えば、グーを出した後チョキに変えられないようなもの。色々と考えるんだな。」
俺は、おみやげ様に包んで貰ったジャガイモの甘味串をそっと馬車に置いた。
「分かった。……その、また会えるかな?」
か細い声で漏れ出したその問いに、俺はハッキリと答える。
「もう。会えない。」
転生の村、バースについて興味深いことは未だ多々有る。しかし時間は有限であるし、今回は調査の為に来たわけでは無い。そして、旅の出会いは一期一会だ。惜しんでいたらキリがない。惜しむ時間はそこには無い。新たな出会いが、この先で待っているからだ。
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{転生の村}