④滞在三日目最終日晩餐会
キンキンに冷えた水が上手い。が、
「99回もッ、99回もフラれた……」
「まだ言ってるよ。」
みんなの態度も冷たい。
「まさかあんな真面目な顔して、100回もセカイを口説いてたなんてね。ラプラスの予測から君が目覚める度に言った言葉を覚えているよ。僕が「どうだい?」と聞いたら、深刻な顔で「……いや、まだだ。」って。」
「うぅ……、違います。99回ですぅ。ってか、いや、口説いてたって言うのも語弊の極みだなぁ。こうさ、……好みを聞いてた。」
アルクは頬杖を付き、水を噛むように飲んだ。
「ぷはぁ。……そもそも、君らは長い付き合いなんだろ、……今更好みって。もっと有意義な使い方が有ったんじゃないのかい?例えば世界最高峰のシーカー部隊{フェノンズシーカー団}の機密書類を漁るとか。賭けを見てくるとか」
アルクは真っ当なことを言うが、こちらにも真っ当な言い分が存在した。ラプラスの悪魔が予測したシュミレーションの中で、セカイだけが同じ行動を取らなかったのである。」
「……つまり、100回近く予測しても行動パターンが読めなかったってこと?」
「そうなる。……予測のスタートはいつもあの巨大キャラバン船のベッドの上だった。予測を始めた現実と同じ状況から始まり、全員のスタート位置は一定の場所で固定されてる。そこから一歩たりとも狂いなく、一秒ごとに同パターンの行動が繰り返される。けどセカイは過去のパターンを踏襲しない。ラプラスの未来予測が不安定なら作戦の前提がひっくり返るから、そこに注力せざるを得なかった。」
「なにカッコつけてんだかなぁ、ガハっ!」
リザが俺の背中を平手で叩いた。酒臭い。
「頼むぞリザ、運転できんのか?」
「のんあるだ。」
「嘘を吐くな、ウソを。」
「のんで良い~、アルコールだぁはぁあぁ。」
――この会話、頭が悪い。
リザは遺伝的に酒が強いらしい。地元も酒蔵が道具屋よりも多かったと聞いている。しかし、一度酒が入ると酔うまで飲み始めるのだ。それでも潰れたところを見たことは無いが、明らかに思い切りが良くなるというか、IQが下がる。
「お客様、そちら薄めて飲むやつでございます。」
「おぉー、道理で、コレ水か。」
「いえ、今呑まれたのが原酒……、割っていただくのがそちらの、まぁいっか。」
――まぁ良くねぇよ。
「ほらもう飲むな。」
「ナナシは酒飲まねぇんだな。」
「ダンジョンの護衛役は通例飲まねぇんだよ。まぁここはダンジョンじゃないにせよ、そもそも俺は毒が効かない。飲み比べなら鬼にすら勝てるってわけよ。」
「ほぉ~、やっか?」
「金の無駄だ。」
俺はぶどう水を啜る。
「くせぇ、マジィ!!」
プーカはリザの前に置かれたコップを横取りし、口へと運んだ挙げ句吐き出した。
「意地汚いことするからだぞ。お前は俺より毒効かないんだから、こっちのさ……、ぷはぁ。甘ぇうめぇ。」
「――甘ぇうめぇ!!」
飲み物の選択肢には個性が出る。俺とプーカは名産系を頼みがち、テツは茶、エルノアは牛乳、リザは酒、アルクは水か白湯を飲んでる。
「水だけは理解できないね。」
「浅いねナナシ。水を飲みたいんじゃない。その後に出てくる食事を楽しみたいんだ。フラットな状態でね。」
なるほど、それなら一理あるのかも。
「まぁそれと、飲料に数百イェルも払いたくない。」
「守銭奴め。……確かに、高い気もするけど。」
「気持ちの問題だけじゃない。僕なんかは特に、原価ってやつを理解しているからね。飲めないのは店側に入る利益率さ。それに比べて水は良い、黒字だ。一番おいしい。」
「水飲んで黒字っていうやつキモいな。」
「そのキモい奴がこの弱小クラン、ユーヴの資金源さ。」
――それもそうだ。
「くっ、お世話になっております……。」
「うん、苦しゅうない。」
アルクは納得したように水を啜った。
「はいお待ち、メヅタツそば7丁。こちら黒餃子70個。」
気概の良い店員が元気よく飯を運ぶ。この瞬間である。食べる前の、運ばれてくる時の、湯気立つ時の、香り立つ時の、この瞬間。ほぼこの時の為に人生は存在すると言っても過言では無い。
『――なんだってッ!!?』
怒号は飯を不味くする。背中越しに聞こえた声の主、レジ前で揉める客を俺は横目に入れた。
「チッ、うるせぇな。」