②ナガト・ラティウ@二人目
気付いたらここに居た。質量の大きなアレを想い出したのは、バースに漂流する商人の馬車を見た時だ。覚えているのはアレにぶつかった時の衝撃、痛み、そして後悔。しかし今はその後悔すら忘れてしまった。
――トラっ……。トラなんだっけか。
この世界は存在してはならない記憶を奪い去ろうとする。だから忘れた時には必死に思い出す。勉強机の引き出しから取り出したノートに、殴り書きにしたその四文字。
――『トラック』だった。
「ナガト、御飯できたわよ。」
「はーい。」
自分のルーツに登場する固有名詞は直ぐに忘れてしまう。しかし、自分が何者であったかは、忘れないように何度も思い出している。ノートに取って、記憶に刻んで、何度も何度も思い出す。
記憶が消えそうになると、焦りや不安が冷や汗となって現れる。身の毛がよだつような恐怖。まるで病気にでも掛かったかのように、特定の記憶だけが抜けてしまう。
辛いことばかりではない。この世界には魔法が有る。文字や言葉を覚えてから、魔法の教科書をよく読む子供だった。周りからは勉強熱心な珍しい子だと思われていたに違いない。しかし、ファンタジーの世界に憧れていた俺からすれば、この世界の法則は何よりも興味深く、珍しい。
――この世界で、この人生で、俺は変わってみせる。
両親の体質が遺伝した僕は、太っていることを理由にずっと虐められていた。いじめっ子らの名前も顔も、大事なことは思い出せないのに、痛くて屈辱的だったことは鮮明に覚えている。
けれど、この世界の両親は美男美女だし、魔法の本をよく読んでいた俺は周りに比べて修学の速い神童だった。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
ただ、大人の顔色を伺うことは容易い。特に子供のうちは、強面の奴ですら生意気を言っても許される。ガキだからと言って舐めているのだ。しかし俺はガキじゃない。大人が扱うような魔法を法則を理解し、扱い方を熟知している。
「ナガト・ラティウです。」
そんな俺に期待を寄せ、両親は勇者の街と呼ばれる傑物の聖地へ僕を送った。セントヴァン魔術学院。超名門、エリートの中のエリートを生み出す魔法学校。俺はここでトップになる。虐められていた出来損ないの俺はもういない。
そう、……思っていた。