①Happy Birth Day@一人目
第15譚{転生の村}
{転生の村・バース}
「何やってんだよッ....!!」
アラタは怯えた顔でこちらを見ていた。この場には俺達六人しかいない。場所としては最適だった。
「仲間だろ....!?」
「仲間じゃない。『討伐対象』だ。」
「――意味分かんねぇよ!!」
彼に向ける刃は新調したばかりの安い一本で、それでも彼の首を断つには充分に確実な凶器だった。ラプラスの悪魔。奴らが生み出す100回以上にわたる精巧な予測計算の代償は、セカイから貰った聖剣の粉砕によって支払われた。別段、ずっと使っていた武器の有効範囲に戻った訳で、この新調した剣に慣れるまではワケが無いものの、また短剣だとかのショートレンジの武器に切り替える時には慣れるまでに苦労しそうで、その点は全くもって気が乗らない。
「何故俺たちがお前を乗せてきたと思う?何故俺たちがニーナマを拉致し続けたと思う?ご存知俺たちの収益はトレードの他にクエストを受けることだが、それは街と街を繋ぐタクシーの役割も果たしている。つまり並行的にクエストを受けていたんだよ。随分と長い間そうしてきた。それじゃあしかし、それではそれなら、可笑しいとは思わないか? 誰が自分の身を保証してくれるのかって。」
転生の村・バースの街並みは盆地の中に現れ、朝方は雲海の出現により視界が不明瞭になる。更に温泉街に立ち込める特有の湿った湯気は、汗やら血の匂いやらを洗い流してくれる。まさに秘境の地に有りし桃源郷の村。旅の疲れを洗い流し、優れた泉質の温泉で身体を癒した後、山菜や木の実、川魚を基調とした豪華な料理に舌鼓を打つ。ミックを護衛した分、報酬によって資金も潤沢。俺たちのプランは完璧だった。
「アラタ・フォーラム。お前の最期にバースを選んだ理由はな、ただ暗殺するための環境が整っているからじゃない。お前への手向けでも有るんだ。」
「――は、はぁ!?」
「だってお前、転生者だろ?」
その言葉にアラタは固まる。
「――なっ、んで……」
面白い程に図星と言った顔をしていた。
「アイギスを知らないのに機関車は知っているんだもんな、詳しすぎるからな、それも偏った知識に。子供のフリしたって仕方ない、分かるものは分かるんだよ。」
テツはエルノアの倉庫に隠していた受注中のクエスト書類の一覧から、ボロボロの紙切れを一枚取り出し、彼の目の前に突き出す。
「……依頼主は、フォーラム夫妻。旅先でお世話になった恩人。彼らは君を殺害する為に高額の報奨金を添えてクエストを発注していた。その金額は480万イェル。僕たちはその報奨金の半額を条件にクエストの独占権を得て君を探していた。フォーラム夫妻はセントヴァン城下街で結婚を果たし、勇者に成れるような強い子を産むためバースの地に移住してきた人たち。」
俺はテツの突き出した依頼書を読ませるために、テツから紙を取ってアラタに手渡した。
「そこまでは、ごく普通の有りがちな展開だ。そうやって移住者が増え続けたこともこの村を発展させた大きな一助になっている。けれど、彼らは知ってしまったんだ。転生の村の禁忌というものに触れてしまった。お前を産んだ後でな。……そして二人して逃げて、逃げて、逃げた末に俺達と出会った。平静を装って、当たり前の顔をしながら。」
リザが立ち込める靄の中を眠そうにしながらキャラバンへ戻った。彼女の欠伸に労いの言葉を捧げたい。長距離の運転は体力を要する。それもあの戦闘を潜り抜け、不眠不休でここまで来た。今日明日の安息は彼女の為でもある。みんなも無論疲れているだろうし、早めに終わらせてバカンスとしゃれこもうじゃないか。
「な、何を言っているのか……、さっぱり分からないよ!!」
「――バースの禁忌とは何か。」
俺は間髪入れずに言葉を続ける。
「少し考えれば分かることだ。転生者の魂が宿った肉体には、本物の両親から授けられた先住者の魂が存在していたはず。詰まる所、宿主は何処へ行ったって話になる。
ことの発端はとある転生者から始まった。前世からの類まれなる知識量で魔法使いとして優秀に育ったその勇者は、悪の一端を滅ぼし、英雄として凱旋したのち、死にかけの両親に自らが転生者であることを話したという。それはこの村が転生の村と言われ大きな知名度を獲得するキッカケとなった人間だ。しかし、彼は偉大な功績と共にとある哲学的な問題を生み出してしまった。それもこの転生の村で、転生者のベビーブームが起こった後でな。」
「転生者の...」
「転生者は強くて優秀だ。そんな子供を産む方法がバースという地では確立されていた。結論から言おうか、転生者の両親は図らずして、自らの子の魂を悪魔に売り渡し、転生者の魂を我が子に宿す。悪魔との一時的かつ不可逆な契約召喚こそ、この村が可能にした転生者量産方法。
その仮説を裏付ける様にセントヴァン城下街周辺では、強い勇者が増え続けているのにも関わらず、手強い魔物も比例する形で増え続けていた。それでも図らずして、需要と供給は完璧に噛み合っていた。セントヴァンの希少な戦利品は良く売れ、交易人は増え続け、村も観光地として発展し栄え続ける。誰も損をしない、誰も傷つかない。そんな理想のサイクルの裏側で唯一、誰に知られる事も無しに、生まれ行くはずだった赤子の魂だけが延々と犠牲に成り続けた。」
アラタは顔で膝から崩れ落ちていった。バースの村は住民の精神的な被害と余所からの批難を恐れ、その事実を禁忌として隠しつづけた。そして図らずしも行われ続けていた伝統的出産の儀式(悪魔との契約儀式)も緩やかに統制されていき、バース近郊は平和に包まれ今に至るのである。
一見、輝かしい発展の栄華だけを残し。
「お前の遺骨を夫妻へ届ける。夫妻はその遺骨と共に贖罪をすると言っていた。深入りはしなかったけど……まぁ自殺でもするんだろ。それで彼らの心は救われ、俺たちの財布は潤う。」
「俺は...!!じゃあ俺は一体どうなるんだよ...!!」
「元来死人だ。そしてここは黄泉じゃない。」
黄泉と言われても疑わないだろう美しい街だ。山稜は勇ましく、緩やかに揺蕩う雲海の器となっている。予てからここに来たかったと言えばウソになる。話だけは聞いていた。そして俺はまた来たくなるのだろう。他の冒険者が語っていたのと同じように。
――バース。美しき秘境の村。
「犯罪じゃないのか!!」
「討伐対象は"悪魔"らしい。悪魔が召喚したから悪魔だっていうのは強引な気もするが、依頼書にはそう書いてある。狼に育てられた犬が自分を狼であると錯覚するように、お前は己を人だと錯覚した何かだったのかもな。残念でした。そしてハッピーバースデー。」
俺は縦に振りかぶった刀剣を、きっちり握りしめながら振り下ろす。
「トゥミー。………………っ、さて。」
請負中の全てのクエストが終わり、
俺たちのバカンスがいま、
始まる。