⑧It was in a room of a convoy&He has・・・
「その魔法の名は{ラプラスの悪魔}このガラス管にいる浮遊体を契約獣にした魔法こそ私が手にした能力だ。」
「アンタ滅茶苦茶だよ...」
流石のミック・ラインズといえども戦闘向けの魔法を一晩で極めただとか、そういった類の荒唐無稽な話では無かった。荒唐無稽のベクトルが違ったのである。すなわち、ベスティナと呼ばれる契約魔法は習得こそ比較的容易ではあるが、召喚自体やその他諸々の“管理”に難儀する技であり、後先の収拾さへ考えなければインスタントに強い能力ではあった。しかし細かく言えば契約魔法には2通りの召喚方法が存在する。
一つ目は契約召喚。安全かつオーソドックスであり、契約獣との信頼関係によって能力が左右されたりと欠点は有るものの、成長が見込める為長い目で見れば強力且つ一般的。
二つ目は強制召喚、という(恐らくミックが行った)荒業。使役対象に対して強制的に契約し、服従或いは支配することで召喚する魔法である。これには通例、高い代償が確認されている。
「ラプラスの悪魔という概念は別の世界で生まれたものだけど、それを象徴するかのような悪魔的生物が"また別の世界"で発見された。それが君たちを実験的に飛ばした『スヴァルト』という異世界。この悪魔はそこのセクター2と呼ばれている領域に多く見られている。セクター2を別名ラプラスと呼ぶ者もいるみたいだけど、それもどうせラプラスの悪魔から来ているだろうね。」
「じゃあ能力は、未来予知か?」
「わお、博識だねー。君が魔法学校で自主退学に追い込まれたのは学力の為だと思っていたよ。」
「どこの噂だか知らないが往々にして鵜呑みにするもんじゃないだろ。まぁ事その話は正解だけども。」
「あはっ、だろうね。なんせ、ソースはサテラだから。」
ミックがニヤッと口角を上げた。
「あーもう、無駄話はいい。未来予知について…」
「未来予知は少々正確じゃない、敢えて言うなら未来予測だ。ラプラスの悪魔とはいったものだが実態はもっと泥臭い。要は未来を仮定して超高速かつ高精度のイメトレを行う魔法予測。無論、見たことも無い人間の顔だとか性格だとかは夢のようにボヤけてしまうし、判別できないことも多々ある。しかし、この魔法は内在する魔力値の高い人間が使えば、高精度かつ広範囲に渡って予測が行える。」
「――だから俺に...」
「ではここで、もっと、魔力が高い。例えばカタストロフィ級の魔法を操るサテラにでも使わせれば、或いはそれは予知と言っても差し支えないものになるかもしれない。なんにせよ分からないことだらけだ。勉強の余地がある魔法だが、特段、私たちの本職であるシーラ探索においては、シーラ的要素を含んでいたセクター2において活動するこの悪魔が役に立たない筈がないと踏んだ。シーラは難易度が上がれば上がるほど余計な犠牲が出てしまう。それは例え世界の発展の礎となる尊い犠牲だとしても、それを理解していても、長年苦楽を共にした仲間を永遠に失うという事実だけは少々、いたたまれないところがある。」
ミックが早口でそう言った。犠牲を減らすための契約獣という二体の犠牲。ミックらしく合理的でぶっ飛んでいながら、ミックらしくない優しさが有った。ならばそこには確かに、マッドミックの持つ飽くなき狂的な冒険心と共に、組織や部下を束ねるサブリーダーとしてのミックがいたのだろう。
「そして現在のところ、召喚し、魔法を維持している私自身には使えない。魔法を扱えるものには使えない。魔力の少ないものには扱えない。という事実が分かった。」
「ゴミじゃねぇーか!!」
「いやそれな!!今は有り得ないほど限定的にしか使えない。ってか現状君に使う以外は有効的じゃない。」
これは頭を抱えずにはいられない。いやしかし、数日間でその複雑性を解明しただけでも成長が早いのだろう。もし専門家から見ればそれは恐らく早過ぎるのだろう。
「そしてマウスを媒介し魔力を送って、強制的に使用させる小規模の未来予測実験を繰り返した結果、四回目でマウスの目が潰れた。」
「ダメじゃねぇか。というか、それを知っていてよくも俺に……」
「いやぁーw。その事実を伝えたらさぁーw。もうッwこの通りだよw」
ミックは部屋の状況を見せるように手を広げながら蝋燭に向かい、指パッチンをして火を着けた。俺は少々眩しさを覚えながら、テツのライフルが光沢を見せ、ミックの後頭部目掛けて伸びているのを確認する。またプーカの右手には吹き矢が握られていた。アルクも申し訳なさそうな顔をしながら部屋の端っこに居た従者の首に、跡が残るほど強くナイフの刃先を当てがっている。素っ頓狂な位置で影を潜め静観していたエルノアも、よく見れば全員を結んだ中心線の真ん中にいる。これは近年稀に見る臨戦態勢。しかも世界最高峰相手に。
「ミック。コイツらに何て言ったんだ?」
「え?人でやったら死ぬかもって。いや私はあくまで考えうる確率にあった最悪の結末を伝えただけで合って、それは事実な訳で、人体ではまだ成功したことが無かったら被験体の親族の心的ストレスを案じて予め可能性をだねぇ・・・」
忘れてはいなかったが、忘れかけていたことが一つ有った。俺はそれを思い出しながら溜め息を一つ漏らす。『ミック・ラインズに、常識の二文字は無い。』これは彼女がシーカーとして異例の速さで出世し、妬み嫉みを一喝せしめた副船長就任式の伝説的スピーチの一節である。
ミック・ラインズは狂っているとして有名だが、その心は少年漫画の主人公のように純粋で、その思慮深さは信頼に値し、実績は今や信用に足る証拠となっている。それ故に、今日の彼女がここにあった。要は彼女はネジが飛んでいる。
「でも、生きてるだろ?それに目が潰れない為の仮説だって実は八通りくらい実験の余地がまだ残っていてほら相手はなんせ悪魔だから利用できるものが、あ、あ、あるってホラ?言ってあげてリーダー。助けてあげて、このミックを...」
「イタタタタ!!目がァ、なんか痛い気がするぅ!!」
テツはすかさず、ミックのこめかみに銃口を押し付けた。
「お。おい、それは流石にウソだって分かるぞリーダー。あっ、止めて痛い。銃口が皮膚に、皮膚がっ、それ頭皮が痛い!!」
――ふふ、ザマぁ無い、うちの先導手は過保護なのさ。
「とりっ、取り敢えずッ。……重要なのは君の話だ。ラプラスの悪魔を通して何を見てきたか、どんな戦い方をしたのか、どんな選択を取ったのか、ここからはそう言った情報の一切を共有してもらう。」
「一切ですか...。」
ミックの言っていることは良く分かった。彼女がやりたいことも、魔法の扱い方も。だから俺は彼女の類まれなる脳みそを活用するために、ミックがこれから取ったであろう作戦とその悲惨な結末の途中経過までを伝えた。
・
・
・
・
「マジかい...。ともすれば、ほぼコールドゲームだね。ここから捲るには情報が足りなすぎる。」
「情報を俺が取って来るんだろ。」
「あぁ。ただ先程言った通り。短時間に連続で使うと君の脳細胞が焼き切れるか、私の悪魔がダウンしてしまう。マウスの実験と君が見る世界の規模感を併せて考えてみても、最低一時間は感覚を空けるべきだと判断する。」
「感覚は10分で良い。短時間で広く浅く未来を見てくる。どうせ関所から作戦はバレてたんなら、敵は近くにいたんだ。100回は試す。そして100人のミックに経緯を伝え考えさせる。俺一人が足掻くよりもミックに100回考えさせた方が早い。」
「人使いが荒いねぇ~君は、」
「お互い様だ。」
――というか、お前が言うな。
「まぁね。時間は無い。早速やろうか。」
俺はミックの言葉を合図に、呪い除けを握りながら横になる。とは言ってもセカイから借りている聖剣である。要は市販の対呪い用装具でも目は潰されないことが分かったという話で、マウスには聖石を持たせたらしい。
タイムリミットは二日後。それ以降は安全が保障されていない。ミック曰く三日感覚で敵の主力が動いているそうだ。確かに、バースへ向かう道中は三日目の昼頃に襲撃が有ったという想定だった。つまり相手は何かしらの理由でスパンを開けていると考えられる。何にせよ分かっていることはこの街に敵がいる事。その潜伏した勢力を抑え込むだけで、あるいは内通者でも炙り出せれば戦局は一転するだろう。
「準備はいいかい。」
「あぁ、」
ミックが求めているのは完封勝利だ。しかし、申し訳ないが正直俺たちにはどうでもいい話。つまるところ利用させてもらうぞミック・ラインズ。なんせお互い様だから。