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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
第14譚{護衛の任務}
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⑥The Invisible is Laplaca`s Daemon


 激しい雨の中、無数の水滴を顔いっぱいに浴びて進むキャラバンを追い上げるように、似通った2つの車体が俺たちの両翼に現れた。


「雨だけじゃない。敵車体が鏡で覆われてる。あとかなり速い。」


 窓の外では不可解に光を曲げた物体が動いているように見える。言い方を変えればそこには何も無いように見え、辺り一面を灰色の雲が覆う大地で、いつの間に距離を詰められていた。


「魔法だ。それも高度な魔法とかじゃない。それ専用の固有のやつだ。使い方が上手い、合わせ方も申し分ない。」


 俺の分析にリザがハンドルを強く握りしめながら背中越しで付け加える。


「それだけじゃコイツに追いつけねぇよ」


――まったくだ。全速力でバースに向かっていた。ミックのプランはおよそシンプルな力技で、このキャラバンの性能を見越したスピード勝負×5台。つまり俺たちを襲撃し得る条件は俺達よりも速いこと尚且つ五分の一を引き当て、そしてそこに襲撃し得る戦力がいること。


「テツ!運転変わってくれ!」


「え、うん。」


 リザは徐に立ち上がり吊るしてある双眼鏡を掴んで窓の外を確認する。


「なるほど、分からねぇ訳だ。鏡でのコーティングなら精巧すぎる。」


「勿体ないけど矢を使おう、二台もいちゃあ仕方ないしちょうど斬弾も二つだった。」


 俺はアルクに目配せしカモフラージュのコートを羽織る。


「灯りを消してくれ。」

 

 セカイは先程珍しそうに眺めていた鉱石のライトにカーテンをかけ、興味深そうにこちらを見る。お手並み拝見とか思ってるのだろう。アルクも同様に手早く準備を始める。特別な箱には奇怪な矢先が二つ、アルクにとっては手痛い出費だろうが、こういう時に文句が出たことはない。俺とアルクは激しい雨が打ち付ける屋上に顔一つ出して狙いを見定める。


「外したらどうしよ。」


「俺が取りに行って直接刺す。安心して狙えば良い。」


 弾む息を止める瞬間。呼吸を合わせカウントする。


「3、2、1」


――ヒュッと、風を切った音が二つ。雨音の中を切り裂いた。


「当たった。」

「外した。」


 俺は澄ました顔でアルクをちらっと見て、目を合わせるのを止めた。雰囲気が怖い。セントヴァン城下街で売れば20000イェルは下らない矢を野に放ったのである。その矢先は魔法を抑制する石で出来ており高難易度シーラでしか手に入らない一級品。まぁ拾ったのは俺だし。


「取りに行きなよ。」


――うるさい。


 水を差すセカイに次いで、アルクは双眼鏡を眺める技術者にすかさず報告する。


「リザ、左翼命中。」


「確認してる。」


 敵を知りて己を知らば百戦危うべからず。キャラバンの種類によっては通過する地帯の選びようで差をつけることが出来る。砂漠、樹海、湿地、ダート、ガレ場、コーナリングの多い道、登り坂。このキャラバンの特性はその全てを高水準でカバーする正にハイエンド。本来であればキャラバンでは追いつける筈がない。


「なるほど分かった。」


 リザの声色が変わるのを聞いて、俺も敵キャラバンを確認する。なるほど俺でも分かった。即席の車体に速度だけを追求した見知ったモデル。軽さと脆さにパワーを併せ持った零戦みたいな仕様のキャラバン。そして通気性の優れた外壁が血まみれの無残な車内を露呈したアウトローなデザイン。乗る人間次第で船も姿を変えるらしい。流石、悪神教の名に恥じないイカれっぷり。


「リザ。」


「あぁ間違いない。なんてこった...。あれはそう確かに、関所で別れた味方のキャラバンだ。」


 フェノンズの雇った陽動隊2台が、既に壊滅していた。そして追いつけるはずの無いルートで追いついている。ミックが手を焼くわけだ。敵は想定以上にデカく、質良く、思慮深く、不透明。


「バカげてる...」


 数秒、皆が言葉を失っていた。


「……アルク、時間は?」


「11時35分。」


「分かった。現時点を持ってクエスト破棄、護衛対象を降車させる。」


 静まり返ったキャラバンが、息を呑む音と共に再度静まり返る。俺の発言に驚いた顔を見せるのは、しかしこのキャラバン内では二人だけ。


「リザ、速度を落とせ。」


「ナナシ、正気かよ!」


「あんまりです。。。」


 バースまでの旅路には未だ峠一つ分の距離と過酷さが有る。


「狙いはアリスさんだ、俺たちまで死ぬことは無い。それにクエストを途中で破棄したところで違約金が出る旨は記載が無い。皆殺しか、見知らぬ護衛対象を置き捨てるか、この二択は迷う余地が無く、かねてから言っている通りだが俺の命の優先順位は俺、その次に仲間だ。」


「もういいぞー。」


 キャラバンの速度が緩やかになり、リザが早くしろと手を振ってみせる。外では敵に乗っ取られたキャラバンが俺たちの両翼から次第に距離を詰めていく。


「よし、降りろ。」


「分かった。」


 キャラバンの後ろ扉を開け、動く地面を見つめてセカイが飛び降りる。彼女にとってはいくら速度が出ていようが着地は容易いだろう。しかし設定は最後まで貫いていく。そしてそこには意味がある。


「エルノア。追手が引いたらフォルムを変えろ。コンパクトにして最速を出せ。何も無ければそのままバースで。」


 エルノアが俺の命令に怪訝な顔をする。プライドの高さは親子だなと思う。良く似ている。


「頼むよ。」


 そのまま踵を返し、エルノアはリザの下まで歩いて行った。


「テツ。後は適当に頼んだ。」


 狙い通り、敵は急カーブを決め、セカイに向かって一直線に走っていく。つまるところ変装が意味を成していない。ポンコツ・ミックめ、内通者を出している。予想以上に杜撰な女なのかもしれない。俺はミックラインズの事を少し嫌いになりながら、キャラバンの木目に左手を付き名前を唱える。このキャラバンの真の名前、それは魔法の詠唱となり、伝承されたものにしか聞き取れず、定められた者が唱えればキャラバンに隠された固有の能力を引き出すトリガーとなる。


――はず、はずなのに。声が出ない。一刻を争う事態なのに、こんなことが有るはずがない。


 ふとエルノアが振り返りながら俺を見て、首を横に振って消えた。もはや普通の言葉すら出ない。景色だけが動いていき、この身体は影の中に囚われていく。


――おかしい、ひたすらにおかしい。まるで夢に溺ぼれている感覚。溺死する。溺死するんだ。溺死、溺死する。言葉が出ない。息ができない。景色は崩れ、音は無くなり、身体から輪郭が消えていく。



―――――――



「てらうぇ?」


「ケケケケケケケケケケケ。」


 不気味な声が脳を飛び回る様に響いた。そして聞きなれた明るい声が耳を通り、覚醒する脳に染み渡っていく。


「ふぅ...」


 俺は汗で濡れた身体を撫でおろす様に、一息吐き出して、静かに吸った。


「ほら、ほらね。起きたじゃん。元気だろ?なぁ姫君、そのイカつい銃身をいい加減を降ろしてくんない?ほら君も腕が辛かろうて、な、なあリーダー、目覚めたばっかで悪いんだが君もなんとか言ってくれたまえよ!」


「うるさい、」


「ふええ....?」


 ほっぺを突っつかれながらミックが心底困った顔をしている。思い出した。灯りの少ない大きな部屋で、本物のミック・ラインズが頬曲げながら俺を覗き込む。彼女はテツを姫君と呼び、俺をリーダーと呼んでいた。それは懐かしい小汚さと、間抜けさと、それでいて聡明な眼差しをしている。俺の想像上のミックは思った以上に過少評価だったらしい。否、しばらく会って無かったから忘れていただけかも知れない。ミック・ラインズ。そう、正しくはフェノンズシーカー団「副船長」だった。


「思った以上に、、、賢そうだな、ミックは。」


「おいおい、君の中のミックは賢くなかったのかな?それよか姫君が怖いんだ。君が目覚めなかったら殺すってさぁ、セーフティーすら外してるんだぜ?やめてくんない?ほんとさぁ、まいったよ怖いよ助けてよ。」


 白衣のミックは困ったように、そして半ば楽しそうに、横に居るガラス製の巨大なフラスコに隔離された能面と同じような面でニヤニヤと笑っていた。もう頭が追い付かない。浮遊している能面は異世界で逢ったアイツで、この場所は恐らくフェノンズの巨大キャラバンの一室。総じて状況はいたってカオスだ。


「説明してくれ、それか寝させて....」


 俺は横を向いて目を閉じようと試みるが、目線の先にいた能面が、俺の寝顔を見守らんとする様に笑っていたために止めた。怖すぎる。そして意味が、分からなかった




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