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ノアの旅人 ‐超・高難易度ダンジョン攻略専門の底辺クラン、最強キャラバンで死にゲー系迷宮を攻略する譚等 - / 第6巻~新章開始   作者: 西井シノ@『電子競技部の奮闘歴(459p)』書籍化。9/24
◇◇◇第一巻 序譚◇◇◇ 序譚~第5譚まで
1/307

①ダンジョンは、人が死ぬところである。

序譚『岩窟のダンジョン』より



 


 空前の急を要していた。

 恟々きょうきょうたるこの事態は――。



 焦燥と憔悴しょうすい

 鳴り止まぬ鼓動に冷や汗と手の震え。

 心の中の動揺と混乱が、

 吐き気となって漏れ出てくる。

 水下みぞおちの押される感覚が、

 溜飲りゅういんのせり上がりを

 しつこく催促するように、

 この流動的な吐き気が唯々不快だった。



――気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い逃げ出したい帰りたい。


 目まぐるしく回る視界と、

 この泥酔のきらいも当然だ。

 この街が、このギルドが、

 “始まって以来”の大崩落だいほうらくである。


 それはテロリストの凶行、

 自然災害の猛威、

 新米冒険者による人為的な事故、

 あるいはそれら全てが違うのかもしれない。


 原因の所在は未だ確定していない。

 何にせよギルドの観測機器たちは

 不自然な活動を示唆し、

 もしも恣意的活動で有るならば、

 それは入窟を許可した番台係ばんだいがかりの失態。

 ...…すなわち。



――私が、私の判断が、私の過ちが招いてしまった..."人災"。



 それでいて状況は暗中模索あんちゅうもさく

 体現するかのような混沌に有った。

 百聞ひゃくぶんは一見に如かずである。

 しかし今は千聞せんぶんで一見を越えなくてはならない。

 私は震えた手で受話器を耳に当て

 喉から声をひねりだす。


「いっ、一体!……貴方たちは誰なんですか!?」


 緊張交じりの声色を嘲るように、

 淡々とその声は帰って来た。

 通信機の本来の登録者とは違う声。

 なまりも調子も地元の人間ではない誰か。


 ・

 ・

 ・


「誰ですかって、酷い人だな。」


 時はさかのぼる。あの瞬間まで。


――――――――

《ジマ街・ダンジョンギルド『本館』》

挿絵(By みてみん)


「え、うんこしたいの?」


「うん。」


「……」


 気まぐれなアコーディオンが

 探索家たちの背中を撫でるように、

 あるいは彼らを鼓舞するかのように、

 ギルドハウスの中で流れている。


 差し込み始める朝の陽光に照らされ、

 白髪の男はカチャカチャと

 ハーケン(岩場の割れ目に打ち込む登山道具)やら

 カラビナ(金属のリング型固定具)だとかを

 木製の長机に広げ、

 一つ一つ念入りに確認しながら

 ナップザックへと戻していく。

 それらは本来、

 魔法を操れる彼らには

 必要ないであろうモノ。


 おおよそ酒屋には似つかわしくない装備、

 似つかわしくない番台、

 似つかわしくない掲示板。

 例えるならば夏の高山に挑み行く、

 アルピニストらの山小屋のような。

 しかしそこでは山小屋とは打って変わり、

 朝から酔いの臭気が入り混じる。


 片や最後の一滴を飲まんと机に溶ける者。

 片や固唾を飲まんと帰還を待つ者。

 このカオスこそ

 ダンジョンによって隆盛りゅうせいを遂げたこの街の、

 もとい。

 この宿居酒屋タバーン型ギルドハウスの日常だ。


「おい、エドガー。――ヒック!、息子は元気かぁ?ヒック!」


 アルコールは、この街の血液である。


「あぁ、お陰様でな。しかし元気過ぎるのも考え物だ。最近は『いつか街一番の冒険者になる』と言って止まない。お前からも何か言ってやってくれないか?」


「それは良くねぇな……、俺からも言ってやらねぇと。"国一番"になれよって。」


 ジョッキ樽に入った酒を

 喰らうように呑みながら、

 スキンヘッドの巨漢は、

 ニヤニヤとしながらそう言った。

 エドガーと呼ばれた熟年ベテラン冒険家は、

 その言葉に呆れた様に笑うと、

 今度は真剣な面持ちに直って

 酔っぱらいの男の顔を見る。


「さて、ロイダル。昨日のダンジョンの様子はどうだった?」


 ロイダルと呼ばれた男は、

 "ダンジョン"と言う言葉を聞くや否や

 眉をピクリと動かして、

 震える手をピタリと止め、


「んあ...?あぁ、」


 酒を机の上のコースターへ、

 ーータンッと叩くように置いた。

 ロイダルの目付きが変わる。


「第三鍾穴(洞窟深部にある空気の通り道。)から南風。モンスターは例年通りの元気さだ。昨日から芝香草のシーズンだとか聞いていたが、ったく。今年はそうでもねぇ。まぁ、基本的にはいつも通りだわな。」


《第一層 観光客用、整備地帯『リ・ジマ』》

挿絵(By みてみん)


「いつも通り、死ぬほど危険だ。」


 この街のダンジョンには

 死体潜りと呼ばれる地中の毒菌と、

 雑香草ざっこうそうとよばれる短草から吹き出す

 植物塩基が毒の砂塵さじんとして舞っている。

 南風であれば、

 出入口に押し戻されるような向かい風。

 この場合、探索できる制限時間タイムリミットが短くなるのが、

 対して北風であれば制限時間タイムリミットは伸びる反面、

 ダンジョンの深部に毒素だけが滞留たいりゅうしてしまう追い風となり、

 最終層の毒素濃度は軽々と基準値を超える。


 また突風のある日は最も危険で、

 活動時間の計算が狂いやすいことから、

 風向きに限らずギルドがダンジョンを閉鎖する。

 加えて毒菌が持つ力の為か、

 はたまたダンジョンの構造故か、

 魔法全般が操りにくい環境に在った。


「そうか。」


 エドガーは琥珀色こはくいろの丸々とした

 美しい鉱石を内ポケットから捻り出し、

 手のひらにすっぽりと収まる大きさのそれを

 キラリと眺めがらロイダルの話に相槌を打った。


「なんだぁそれは?」


「前回の収集物だ。仲間が見つけた。まだ詳細は良く分かっていないが、第三層の未開神殿から発掘した非常に強い魔力を持つ石だ。トリプルコンディションだったのでそのまま現地調査を進める予定だったが、ワイリーが吐き気を訴えてね、断念したよ。」

(※トリプルコンディション

 =※ジマ岩窟の探索が最も容易となる主要3条件

 ①突風ナシ。

 ②毒素量の減少。

 ③特定危険モンスター冬眠。

 が、すべて揃っている希少な探索日和。)


「隠れ滞留だな。猿も木から落ちるもんだ。」

(※隠れ滞留

 =風の影響を受けずに毒素が溜まる、岩影などの場所ポイント。休憩場所になりそうな場所に多く、目には見えないがネズミなどが死んでいることで判別できる。吸ってしまうと致命的なダメージを負う。)


「冗談を言うな。隠れ滞留を完全に見切れるなら、誰も苦労はしていない。ワイリーは優秀な仲間だ。そして我々は人間。滑る木ならば楔を打つまで。」


「へっへっ、そうだな。すまねぇ。」


「別にいいさ。...さて。」


 そう言ってエドガーは帽子を被り、

 深呼吸して背筋を伸ばす。


「おいおい、戻しに行くのか?」


 ロイダルはスキンヘッドを

 ツルツル回して試すように聞く。


「まさか、賊にでも捕られたら面目が立たない。ダンジョンで調べてみるのさ。」


 エドガーはそう言って

 白髭を一撫でした後、

 琥珀色の鉱石をしまった

 重々しいナップザックを

 隆起した逞しい左腕で

 軽々と持ち上げて背負い、

 立ち上がった。


「さぁ、行こう。」


 自身に気合を入れるような

 エドガーの静かなる一声に、

 朝一番ギルドハウスにいた

 ほぼ全ての冒険者たちが

 立ち上がって応える。

 ロイダルは鼻をならし、

 太ももを打って声を飛ばした。


「おうおう、今日も勇ましいねえ!!」


【クラン・エドガー】

 首 領リーダー:「エドガー=ウィリアム」 

 種 別クラス:「調停士」(ダンジョン管理、整備を主な目的とする。)

 階級位ランク:A級

 団員数:15名

 登 録:アルバルム冒険者ギルド

 称 号:始まりの岩窟王



 彼らこそが、洞穴ダンジョン街であるこの{ジマ街}の主役ヒーローである。


「わぁーお、すげぇ。」


「へっへっ、すげぇねぇ~」


 番台に手記を書き込む手を止めた余所者の青年は、

 その光景を物珍しそうに眺めながら笑った。

 横には番台にすら背丈が届かない少女が、

 ふざけたように釣られて笑っている。


――はぁ、またか。


「終わりましたか?」


 その様子を見た番台嬢のミサは、

 溜息交じりで呆れた様に

 二人を催促し案内を進めようとしていた。



――無名の冒険者クラン。こういう奴等はよくいる。ジマ街を訪れたついでに冒険者ライセンスを悪用し、小遣い稼ぎとトラッキングを兼ねようとしている危ない観光者やから


 ミサは怪訝な顔をしながら、

 その冒険者が提示したクエストを睨み、

 つっぱねた。

 それがダンジョンの安全を守る

 彼女の仕事だからである。


「はぁ、ダメです。ジマ岩窟の第2層からは肉食のモンスターが現れます。このクエストもこのクエストもこのクエストだって、すべて受領できません。」


「え。……いやほらだってお姉さん。俺たち"スペシャル"なんですよ、林間学校で最優秀記録。ただの冒険者じゃなくてさ?俺達無敵のオー、レンジャー♪」


 青年は拳で音頭を取りながら、

 面食らった顔で指を震わせ経歴をなぞった。


――何がレンジャーだ。


「ダメです。不可です。」


「えぇ……。じ、じゃあ。こっちでいいや。」


 青年は難易度の下回ったクエスト用紙を

 数枚差し出す。

 横にいた少女は男のその残念がった顔を見て

 クシシと笑った。

 ふざけた連中。

 遊び半分の冒険観光。

 それを見てミサは確信する。


――私がいなきゃ、君らは死んでいたよ。


 と。


「これくらいなら良いですよね、第一層にある芝香草の採集クエスト全部。こうなったらダンジョンの芝香草は全部手に入れてやる、……くらいの勢いで!やる気は有るんですけど?」


――馬鹿だ。


「はぁ……、分かりました。受領しましょう。」


 ミサは呆れた声色で

 スタンプをポンポンポンと押していく。

 何回押しただろうか。

 ギルドが管理するこのクエストというものは、

 難易度や種類によって受注できる人数が限られている。

 この手の採集クエストは

 需要が多く難易度も優しめ。

 受注人数もほぼ無制限であり、

 クリア条件は早いもの勝ちで満たされていく。


 つまり、逆を言えば、

 簡単に手に入るのであれば、

 こんなクエストなどは、

 とっくの通りに、

 クリアされているはずなのである。

 用紙が余る理由。

 今年の芝香草は不作なのだ。


「くれぐれも安全にはお気をつけ下さい。それと他の冒険者さまの邪魔だけは……」


 ミサが顔を上げると、

 彼らは隣接する居酒屋の番台に移り、

 料理を注文していた。


「俺チキンフィレ!!」


「プーカ全部!!全部食べるます!!」


「それはダメ。あと……」


 ミサは顔に手を当て、

 溜息交じりに俯いた。


「――大変ですね。お姉さん。」


 次の客だ。


 ミサは次の男に手渡された書類を眺める。

 5人パーティ。

 クラン情報に冒険者ライセンス、

 そしてクエスト用紙。

 有難いことにリーダーであるこの男は、

 ギルドでの受付に慣れているらしい。

 何が必要かを心得ている。


「いえいえ。」


――こうやって、いつも楽ならな。


 ミサはそう思いながら精査を始めた。


――C級冒険者。主な実績はジマリ大洞穴の第三層探索、迷いの峠踏破、サステイルの大サソリ討伐隊への参加。ガラン地下牢のB5到達?!


「凄いですね。実力だけならB級クラスですよ!!」


 ミサは先程とは一転した明るい表情で、元気にそう言った。


「ふふ。部下のお陰です。部下にはいつも助けてもらってる。」


 ダンジョンギルドの番台は、

 生命を秤にかける大変な仕事では有るが、

 こういった華々しい実績を精査することや、

 素晴らしい冒険者と会話をすることは、

 旅行を趣味としているミサの楽しみでもあった。


 彼女はスカートとベージュのポニーテールを

 ふわりふわりと揺らしながら、

 楽しそうに書類を眺めて話す。


「ふむふむ。登録はウェスティリアですか、魔術で有名な所ですね?!」


「えぇ、まぁ。実際は癖の強いギルドですけどね。」


「へぇー、そうなんですね!」


 楽しそうに頭を揺らすミサを青年一行は微笑ましく眺めている。


 パーティーは近接特化な鎧の男、

 魔法支援1の女司祭、

 魔法支援2の女魔導士、

 学者肌の眼鏡少年、

 そして恐らくは攻守万能のリーダーの彼。

 全員顔が良い。


 しかし、ミサにとって不思議なことがひとつ。


「ご自身ではあまり魔法をお使いにならないんですね~。ウェスティリア出身なのに珍しい。」


「あっ、えぇ。実はそうなんです。」


 遠近両用で攻守万能なクランリーダーとは、

 往々にして魔法が得意なものであるが、

 この男は魔法に対する自己記述があまりなかった。


「いえいえ、へぇー。」


 その時。

 ミサがそう感心した声を漏らすのと同時に、

 5人パーティーの後方から、

 けたたましい怒号が上がった。


『――うるせぇッ!! 気に食わねぇつってんだよッ!!』


 ふと見れば先程の観光者が、

 ジマ街冒険者であるスキンヘッドのロイダルに

 ビールの入ったジョッキ樽をぶつけられていた。

 樽はひしゃげて、ビールが零れ、観光者は全身にビールを浴びていた。


「ぷぷっ、いい気味です。」


 それを見てミサは、

 頬を膨らませて笑った。

 青年はそんなミサを見て笑って言う。


「酷い人だな。」

 

「いいんです。あの観光客はダンジョンを軽んじている観光目的の無魔ノイマ(魔法が使えない人間)ですから。ダンジョンで死なれるくらいなら、ロイダルさんに存分に怒られれば良いんです。」


 ミサはまた、

 ――ぷぷっと笑い声を漏らして判を押した。


「ふふっ、それは同感です。確かに僕は、魔法は下手だし運も無いけど、プロフェッショナルとしての心がけは忘れません。」


「そうですね。それでは安全に気を付けて、頑張って下さい。」


 ミサは誇らしげに書類を返す。


「あぁ、どうも。」


 青年パーティは笑顔で挨拶しその場を去った。

 同時にビール塗れになった男が、

 背を丸くしながら速足で酒場を出ていくの見て、

 ミサはまた少し笑うのである。

 ギルドとは安全に対する最初の防衛線だ。


 あれも一つの優しさ。

 

 ミサはそう感じながら

 背筋を伸ばしてスッと息を吸った。

 人情と喧嘩の絶えないこの街では、

 どれほど互いの中が悪かろうと、

 ダンジョンと向き合うならば

 命を賭すと言う共通項で繋がる。

 だから彼らはみなプロフェッショナルで、

 ミサもその一部だった。


「よし、次の方どうぞ。」


 しかし事態は、急変する。











 初めての人は初めまして。皆さんに楽しい小説を提供し、頭の中にある物語を具現化することを志しています『ノアの旅人』作者、恐らく強化系の西井シノです。物語は第3回ワールドクエストと言った、いわば時の大事件が終結した「クリア後世界」の御話。オルテシア大陸に根差す国々が各国のパワーバランスを覆し得るオーパーツという新概念を求め、それを悟った冒険者たちが一獲千金、あるいは地位や名誉の為に高難易度ダンジョンへ挑んでは死ぬ(ジャンプ風に言えば)「大探索時代」。そんな時代に特殊領域専門の冒険者『探索士』として、利害の一致した仲間と旅をしているのが……。第一話の内容的にはここまでですね。


 ノアの旅人は長編、短編連作を交えた自由でシリアスで日常でグルメな作品です。彼らの危なげな旅の行く末と、この世界の多様カオスさを見届けてやってください。登場人物などの紹介は、目次→設定資料から閲覧できます。最近では{設定資料:斜塔街について}が上出来過ぎて衝撃だったので見に行ってやってください。また下記より2クリックの応援お願いします。みなさまと末永いお付き合いがありますように。


――西井シノ Date.10/04




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― 新着の感想 ―
[良い点]  序譚っていう表現の序章と、次の第一章でテイストがガラリと変わってきて面白いですね。日常タグの意味が分かりました。 [一言]  
2023/01/02 23:11 坂本知念毛
[一言] 独特な発想と表現の作品。第1話だけかと思っていましたが、第2話以降も割と挿絵テンコ盛りで興味がそそられました。最初の場面では冒険者という職業に焦点を当て主人公らが所属する探索士という枠組みと…
[一言] 後書きの勢いで草。
2022/10/12 01:55 読了ヤミー
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